金蘭千里50式

2015.04.11

金蘭千里学園50周年特設サイト

「金蘭50式」は、50周年を迎える金蘭千里中学校・高等学校の「今」をお伝えする特設サイトです。一年にわたり、様々な視点からのコンテンツを50個ずつ発信して、金蘭千里の姿を描き出します。

最新の記事

福田益和さん(学校法人福田学園 理事長、学校法人金蘭千里学園 理事、1期)

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私は昨年秋、日本国天皇より藍綬褒章を授与されました。
辻本理事長にはこの授章を喜んで頂き、「卒業生で初めての授章や、ついては創立50周年の50式としての寄稿を」とご下命がありました。

Jリーグの前身の日本サッカーリーグが開幕し、加山雄三の「君といつまでも」が大流行した1965年に金蘭千里高校1期生として入学しました。新設校だけに歴史も伝統も無いのは当たり前ですが、遠足、運動会、修学旅行等の行事も一切無し、あるのは7時間授業と毎日の20分テスト。あと年配の先生だらけ!えらい学校へ入ったというのが実感でした。
そのような中で新卒の新任教員に辻本先生がいらっしゃいました。
今から思えば、辻本先生も大変だったろうと推測できます。

私はもともと勉強が大嫌い。毎朝の20分テストが嫌で、たまにはわざと遅刻して行ってました。
いろいろな事で親の呼び出しも多々あったと思います。
もちろん学力はどんどん低下。落ちこぼれへまっしぐら。
しかし、当時は不登校、登校拒否という言葉も無く、学校へは楽しく通った3年間でした。

卒業式①

金蘭千里高校を卒業後、大学そして14年間の商社勤めを経て、1986年学校法人福田学園 大阪工業技術専門学校へ入職、1992年同法人4代目理事長に就任しました。
金蘭千里高校1期生同窓会へ行けば「福田が理事長!考えられん!」とよく言われました。

2000年 大阪リハビリテーション専門学校設置
2003年 ミルウォーキー キャリア カレッジ設立(米国ウイスコンシン州)
2009年 大阪保健医療大学設置
2013年 大阪保健医療大学大学院設置

と学校経営に現在も邁進しております。

そのような経歴をご存知だった辻本先生から、2005年金蘭千里中学・高校を学校法人金蘭会学園から分離独立し新たな金蘭千里学園を立ち上げる。よって福田も理事として手伝え!とのご依頼があり現在も同学園理事として微力ながら経営のお手伝いをしております。
学校経営を担っている私だから解ることですが、金蘭会学園から新たな金蘭千里学園を作り、金蘭千里中学・高校を分離独立させることは大変なことです。
学校の合併統合は難しくありませんが、分離独立は至難の業であり,それを果たされた辻本理事長には敬服いたします。(解りやすく言えば、結婚は簡単に出来るが、離婚は資産配分等で困難)

本年創立50周年を迎えるに至りましたことは、歴代校長及び教職員のご尽力の賜物であり、今では半数以上が国公立大学へ入学すると聞いております。
50年の経過のなかで歴史と伝統が築かれ、中高一貫進学校としての不動の地位を築かれました。
その結果卒業生の値打ちもあがってきたとの思いです。

最後に、厳しい少子化の時代、福田学園も金蘭千里学園に負けない価値をつけて行くべく努力していきたく思います。

卒業式②

 

こんにちは、金蘭千里中学校・高等学校です。

毎週金曜日は、「金蘭50年」と題して、金蘭千里のこれまでの歩みをご紹介しています。

2014(平成26)年度は、創立50年めです。

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1000名を超える生徒が、北摂の私塾・道場で、自らの鍛錬に励んでいます。

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高中祭は、2012年度から2日間連続で行われていますが、
この年度に、初めて体育の部を校外(大阪府立体育館)で実施し、
また各種リレー(障害物リレー、クラス対抗リレー、など)、綱引き、玉入れ、大縄跳びを行いました。
金蘭千里中学校ブログ(別ウインドウで開きます)に詳しく紹介しております。

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次の50年を見据えた50周年改革が始まり、
多くの新しいクラブが誕生しました。
また、受験制度もアラカルト方式に改めています。
詳細は、50周年改革サイトをご覧ください。

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金蘭千里50式」と題して、過去・現在の金蘭千里を見つめました。
卒業生の皆さま、生徒諸君、
校長先生、教頭先生をはじめ教職員皆さまのご協力をいただきました。
この場を借りて厚く御礼申し上げます。

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金蘭千里は51年めを歩み始めています。
これまで培ってきた伝統をより着実なものにしつつ、
より革新をとげて飛躍する金蘭千里中学校・高等学校に、
これからもご期待ください。

「PC部」

私が抱く将来像

私が抱く将来像

 

私は今、PC部に所属しています。
そして約1ヶ月後に日本語ワープロ検定があり、それに向けて練習をしています。

私は4歳頃から父にパソコンを教わり、
そのパソコンでゲームやちょっとした勉強をしていました。
なので、私はパソコンが大好きです。
今でも毎日のようにパソコンを開いて調べたり、遊んだりしています。
そのおかげで、キーボードを速く打つことが出来るようになりました。
まだ『タッチタイピング』はできませんが、検定をきっかけにできるように特訓しようと思います。

今回受ける検定の級は2級です。
検定には、10分間のタイピングと、20分間で行う文書作成があります。
10分間タイピングは、ただひたすらに指定された文字を打っていくもので、
文書作成は20分間に表やきりとり線や文字を打ち込んで、書類のようなものを作ります。
10分間タイピングはただ文字を打つだけなので、
指定された文字数さえクリアすればいいのですが、文書作成は違います。

文書作成の場合、文字だけでなく表なども作らなくてはいけないので、時間がかかります。
そのうえ、間違えたら点数を引かれるので、正確性も必要となります。なので慎重にミスなくやっていこうと思います。
検定に受かることが出来るように、日々練習を続け、『タッチタイピング』ができるようになろうと思います。

(PC部 文:U.A  絵:S.Y)
(編者注.第102回日本語ワープロ検定2級に合格しました。)

ヨースタイン・ゴルデル  『ソフィーの世界-哲学者からの不思議な手紙』

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本書はノルウェイで1991年の出版以来、世界各国でベストセラーになり、様々な賞を受賞、映画化もされました。

哲学の入門書としての賛否両論のある作品ですが、前半はアルベルトによる講義、後半は主人公ソフィーとヒルダに関する物語が,謎とき形式で展開され、難解な内容も読みすすめやすくなっています。

14歳の主人公ソフィーは、ある日、謎の手紙を受け取ります。1通目の手紙には「あなたはだれ?」とだけ書かれていました.2通目には「世界はどこからきた?」と書いてありました。ソフィーは考え始めます。やがて彼女は手紙の差出人のアルベルトに導かれて2400年前の古代ギリシャ、中世、ルネサンスの時代へと、時空を超えた旅に出ますが……

【Amazon】  『ソフィーの世界-哲学者からの不思議な手紙』

 

国語科教諭、吹奏楽部顧問  渡辺  徹

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自分にとっての「究」とはなんだろう。データに手も加えず無断引用もせず何晩も徹夜して書き切った日本語イントネーション認識についての修士論文のことか、予備校の講習や参考書を読み漁り目の前の生徒を見ながら自分なりにアレンジを加え完成に向かいつつある現代文速読速解法のことか、いろいろ悩んだ末「テーマパーク」で書こうと思います。

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テーマパークにはしばし現代文の論説文で取り扱われる資本主義社会の特徴が凝縮して存在しています。消費を促すためのストーリーや商品づくり、それまでの概念を覆すようなサービス(ツアー・アトラクション、ショー)の多様化、競争心を煽る仕掛け(ショーやパレードの席取り、開園ダッシュ、ネット予約の数秒売り切れ)、人々のスタイルに応じた過ごし方の提案(レストラン、ショー)など、あげればきりがないほどで、「サービスを提供する職業」に従事する私もそれらの仕掛けの理解を「究」めなければと思うことしきりです。

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このような工夫で顧客を集めるテーマパークに実際休日や長期休暇中に訪れますと、多くの人、人、人でごった返しており、アトラクションは何時間待ち、ショーは座席がなく立ち見でも詰め詰め、などということもしばしばです。

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そこで私は「賢い消費者」としてテーマパークでどう過ごすのか、を「究」めようと模索中です。オカネや時間をどう節約するのか、あるいは費やすのか、そのためには事前の計画と、当日の早起き、そしてダッシュが大変重要になります。実際、TDRで、漫然と朝の10時くらいにやってきて、漫然とチケット引換窓口に並び、漫然とアトラクションに並んで何時間待ちをして「一日で2つしか乗れなかったね」などと言っている人々を見ると(運営側から言うとそういう人の方が客としてはありがたいのでしょうか)、余計なお世話と思いつつ「もっとオカネや時間が有効に使えるのに」などと思ってしまいます(ちなみに私の場合、USJについては年間パスを持っていますので、逆に「如何に自分の時間を使うか」がテーマになりますが)。

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さしあたって、TDR、USJ、南紀白浜については、「究」めつつありますので、これからは、他のテーマパークにも研究対象を広げていきたいと思います。

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こんにちは、PC部です!
毎週月曜日に投稿している千里50景も今回で最終回になります。
いろいろな学校や行事のようす、時には先生にインタビューもしてきましたが、
最後の千里50景では、PC部についてご紹介したいと思います!

それでは50景最終回スタートです!
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岩田拓朗さん(半蔵門総合法律事務所弁護士、10期)

開校50周年、おめでとうございます。中学・高校と6年間、人生において最も重要な時期に金蘭千里の教育を受け、おそらくは自分では気付かないくらいに金蘭千里の色に染まったのだろうと思います。このことを検証する良い機会と思い、本稿の執筆を引き受けることにしました。

私は、現在、弁護士として法律事務所を運営し、依頼者のために民事裁判の代理人を務めたり、刑事被告人を弁護したり、事業者に対して法律的なアドバイスをするといった仕事をしています。
なぜこの職業を選択したかと振り返ると、大学の法学部への進学が起点になるのですが、それは辻本校長先生の策略にまんまとハマってしまった結果だったのです。数年前の尚友会の総会(ホームカミングデイ)で、辻本先生が講演をなさったときに、先生は金蘭千里の政経の教師となった当時のことを話されました。そのなかで、大阪大学法学部・大学院ご出身の若き辻本先生は、「骨のあるヤツを大学の法学部に送り込む」という野望をもって授業をしていたといったお話をされました。その野望の前に「骨のあるヤツ」とはいえない私などは、抵抗するすべもなく屈してしまったのです。先生は、野望を実現するために、進路指導などではなく、授業で法を学ぶおもしろさをわからせようと暑苦しいまでの情熱を注いでおられたのです(当時はその意図に気付きませんでしたが暑苦しさだけは本物でした)。今でもはっきり覚えているのは、辻本先生が、自由とは何か、自由な人間が国家統治のもとで無拘束であり得ないのはなぜかといった授業をされ、そのとき「人は生来的に自由(無拘束)な存在である」(ホッブズ)ということ出発点にして民主主義にたどり着く思考過程を、まるで幾何の証明問題のように説明されました。当時、社会の仕組み、政治の仕組みといったものは複雑なものであり、自分のような高校生ごときには理解の遠く及ばないものに違いないと思い込んでいた私にとって、その授業はとても衝撃的でした。私は、先生のこの授業から、人間とはいかなる存在かということをいわば幾何の公理のようにすえて説明する手法の明快さ、そして、なによりも、社会の仕組みなんて所詮人間のやること、そんな難しいものではないよというメッセージ、霧が晴れたような爽快感を得ることができました。そして、気付いたら私は法学部に進んでいたのです(残念ながら、辻本先生の授業の中で、記憶にあるのは上記のことだけで、それ以外は全く覚えていません)。かくして、先生の策略は、私に対しては -「骨のあるヤツ」という点を除いて- 成功したのですが、その策略を、卒業して35年以上たって先生の口から聞かされたわけです。私は、自分の出生の秘密を知らされたような衝撃を受けました。今では、弁護士という仕事に大きなやりがいを感じ、先生の策略に深く感謝しております。

話は変わりますが、平成23年には、金蘭千里学園(以下「金蘭千里」)が北グランド問題(北グランドの土地の所有権を有していた金蘭会学園(以下「金蘭会」)が財政上の理由からその土地を住宅開発業者に売却しようとしており金蘭千里が北グラウンドを使用できなくなるという問題)を抱えており、その解決に向けて、辻本先生から、金蘭千里学園の役員就任の要請を受けました。私は、東京から通うことを覚悟しつつ、辻本先生を含め心に残る師の恩に報いる機会と思い、即、承諾しました。就任時には、金蘭千里の認識は、「金蘭会の売却計画が進んでおり、金蘭千里が北グラウンドの土地を金蘭会の言い値で買い取らない限り、北グランドに戸建て住宅が建ち並ぶ事態がそう遠くない時期に迫っている」といったもので、焦りを感じさせるものでした。私は、就任後直ちに対策に着手し、まず、平成23年12月に理事長の諮問機関として学校用地取得等検討委員会(以下「検討委員会」という。)を立ち上げ、私もその検討委員会のメンバーの一人として、まずもってこの問題に関する金蘭千里の意思決定について、手続きの適正化を目指しました。そのうえで、検討委員会は、意思決定の内容の適正化に向けて十分な討論を行いました。その過程において、平成24年2月に検討委員会は辻本理事長宛の中間答申書を提出し、詳細な理由は最終答申に委ねつつ「本件土地の購入資金手当等の諸条件が許す限り、貴学園〔金蘭千里〕は、所定の手続を経たうえ、本件土地を適正価格にて購入すべきである」との中間答申を行いました。辻本理事長はこの中間答申に基づいて、金蘭会に対し金蘭会の言い値ではなく「適正価格」にて買い受けたい旨を申し入れました。これに対し、金蘭会は理事と監事2名の(弁護士という肩書きを付した)連名による金蘭会理事長宛の意見書を提示して反論を試みました。金蘭千里の検討委員会は、この意見書をも踏まえて検討を行いその結果に基づいて平成24年5月10日に理事長に宛てた答申書(資料を含め97頁。結論は中間答申の結論を再確認するもの)を提出したのです。これに対し、金蘭会は、2週間にも満たない短期間で先の理事・監事2名の(弁護士という肩書きを付した)連名による第2の意見書(5月22日付)を示してきましたが、その意見書は金蘭千里の答申書の内容は不当であり第三者への売却を示唆する旨が記載されていました。これを踏まえて、検討委員会は、検討を重ね8月に答申書2(資料を含め80頁)を辻本理事長に提出しました。その結果、金蘭会は、本件土地を金蘭千里に売却する方針を決め、交渉は順調に推移しています。私は、金蘭千里の2つの答申書の原案の起案を担当したのですが、それを書いているときに金蘭会の示した2つの意見書において「弁護士」という肩書きが権威付けのために利用されていることに同業者として恥ずかしい思いを抱いたのです。そこで、私は、答申書2の最後に次の一節を書き加えました。
「最後に、金蘭千里の役員は、学園の運営を託された者として、何をおそれてはならないのか、そして、何をおそれなければならないのかを十分に自覚して、学園の健全な発展に努めなければならない。おそれてはならないのは、根拠を示さず『権威』を振りかざした批判であり、おそれなければならないのは『権威』に寄りかかり自らの責任において判断することを怠る姿勢である。」

これから社会に出て自らの責任において行動することが求められる立場に立とうとする後輩の皆さんは、ときに「権威」を振り回す人々を前に戸惑ったり悔しい思いをすることがあると思います。そんなときに、厳しい孤独を覚悟の上で自らの責任において信ずるところにしたがって行動する勇気を持ち続けてほしいと思います。自戒の意味も込めて。

こんにちは、金蘭千里中学校・高等学校です。

毎週金曜日は、「金蘭50年」と題して、金蘭千里のこれまでの歩みをご紹介しています。

2013(平成25)年度は、創立49年めです。

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金蘭千里中学校・高等学校 公式サイト」(別ウィンドウで開きます)をリニューアルしました。

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校章ロゴタイプを制定しました。
使用規定(別ウィンドウが開きます)もご覧ください)

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この年度より、高一・高二では木曜7時間めの授業を行うようになりました。
(一週37時間の授業となります)
2011年度の学習指導要領の改訂を受けた対応です。

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女子ダンス部が発足しました。

バスケ部に入部した当初は、少々緊張していたが、他の学年と練習してきて、だんだん楽しくなって、今では部活が楽しみになってきました。

更に、私は特にスポーツはしていなかったが、入部したことがきっかけとなり、自分の新しい好きなことが出来ました。

そして、何より大きい変化は、他の人との交流が増え、何らかの関係が築かれた事です。

そして、私は残りのバスケ部の時間を、先生方と他の部員と共に楽しんでいきたいです。

(バスケ部 T.H)

井上ひさし  『天保十二年のシェイクスピア』

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天保水滸伝の大枠にシェイクスピアの戯曲をパロディーで当てはめて作った、井上ひさしの代表作。沙翁の全37作品に登場人物或いは台詞などの形で触れられており、利根の川風袂に入れて、あれをご覧と指差す方に、佐渡の三世次がリチャード三世の化身として現れる、といった趣向で作られている。歌あり、踊りありで、もちろんシェイクスピアに対するオマージュであるが、この作品は、戯曲に生涯を捧げてきた井上ひさしがどうすればシェイクスピアに追いつき追い越せるかの一つの答とも考えられる。永年の宿題を果たした思いではなかったか。

最初に接したのは蜷川幸雄演出の芝居のDVD。宇崎竜童の音楽は官能的なリフレインに満ちていて、話の展開が小気味よく、舞台装置が幾分グローブ座を意識したようなシアターコクーンでの上演は素敵だった。

江戸末期の関八州を舞台に、頭から尻尾までシェークスピアを通奏低音に、世の中の猥雑混濁欺瞞混沌から人々が、覚悟行動裏切覚醒哀切へと至る様子が描かれている。

「ハムレット」、「マクベス」、「オセロ」、「リア王」をはじめ、「ロミオとジュリエット」、「夏の夜の夢」、「ジュリアス・シーザー」など必ずどの作品も、そのストーリー、登場人物、セリフ、いずれかが本歌取りされているが、「ヴェニスの商人」などは、刀で切られる時のバッサーニオ!という擬音だけ、などとわかる人にはわかる遊びに徹している。

この戯曲のあらすじを記すことは無意味に近い。多くの登場人物が意味深く死に、意味ありげに死に、また意味なく死んでいく。ことばの力をとことん信じた二人の劇作家の言霊への祈りであり、葛藤であり、祝祭でもある。(因みにシェイクスピアの生年1564年・没年1616年は、「ヒトゴロシ-イロイロ」と覚えるそうです。)

いやというほど人が死に、いやというほどオモシロイ。ただそれだけ。冒頭、そして大団円に繰り返される次の文句が気に入ればどうぞお読み下さい、あるいはご覧ください。DVDなら3時間余、ちょっと憂き世をエスケープできます。そして、見終わったらシェイクスピアの作品そのものに興味が湧くはず。私がそうでしたから。今、ちょっと、「沙翁。」がマイブーム。

もしもシェイクスピアがいなかったら  文学博士になりそこなった  英文学者がずいぶん出ただろう
もしもシェイクスピアがいなかったら  全集、出せずに儲けそこない  出版会社はつくづく困ったろう
もしもシェイクスピアがいなかったら  創作劇に貧しく乏しい  新劇界はほとほと弱ったろう

シェイクスピアは米びつ  飯の種 あの方がいるかぎり  飢えはしない
シェイクスピアは米の倉  腹の足 あの方がいるかぎり  死にはしない
シェイクスピアは  ノー・スペア あの方に身がわりは  いないのさ

もしもシェイクスピアがいなかったら  女は弱い、などという あの誤解は生まれなかっただろう
もしもシェイクスピアがいなかったら  バーンシュタインはウェストサイドを とても作曲できなかっただろう
そうなりゃ「ツーナイト、ツーナイト、………………ツーナイト」というヒット曲も生まれなかったろう
もしもシェイクスピアがいなかったら  これから始まるはずの このお芝居もここでおしまいさ

シェイクスピアはドル箱  金の蔓 あの方がいるかぎり  金には困らぬ
シェイクスピアは不動産  親の脛 あの方がいるかぎり  われらは安泰
シェイクスピアは  ノー・スペア あの方に身がわりは  いないのさ

【Amazon】  『天保十二年のシェイクスピア』