金蘭千里50式

2015.04.11

金蘭千里学園50周年特設サイト

「金蘭50式」は、50周年を迎える金蘭千里中学校・高等学校の「今」をお伝えする特設サイトです。一年にわたり、様々な視点からのコンテンツを50個ずつ発信して、金蘭千里の姿を描き出します。

最新の記事

こんにちは、金蘭千里中学校・高等学校です。

毎週金曜日は、「金蘭50年」と題して、金蘭千里のこれまでの歩みをご紹介しています。

1999(平成11)年度は、創立35年めです。

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1999年度より、高二は乗鞍・上高地でのキャンプを実施することになりました。
(それまで実施していた大山キャンプは、1998年度より中三で実施しています)

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短大図書館の一角にあった中高図書室が解消され、
短大図書館と一本化して利用することができるようになりました。
(中高図書室は、翌年度に自習教室に改修されました。
また現在、図書室は校舎1階に設置されています)

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2000年1月より半年間、イギリスのハロウ校のギャップイヤー生である
ジュリアン・ウォーカー君を受け入れました。
(在校生のご自宅にホームスティをお願いしました。
画像は、中一吹田キャンプの引率の様子です)

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2月には、校内音楽会がコンクール形式で開催されました。
(翌年度には、画像にあるように、現在の「合唱祭」に名称変更されました。
当初は中学生と高校音楽選択生の参加でしたが、
後に中学生・高一生全員が参加するようになりました)

1999
生徒数も1学年5クラス150人、中高あわせて900名前後で安定しています。

私はスケッチブックを開いていた。

何かを描こうとしていたのだろうが、真っ白なその紙を見るとはたと忘れてしまった。折角取り出してきたのにすぐ元に戻すのは気が引けたので、しばらく何の変哲もないそれを眺める事にした。黄と黒の特徴的な表紙に、真っ黒で硬いリング。その中に収まる、凸凹な面と滑らかな面を合わせ持つ、えも言えぬ真っ白な紙。私は普段から、凸凹な面を表として絵を描いているのだが、これには理由がある。単に描きやすいから、というのが大部分だが、少数派が好き、という極めて潜在的な理由もあると思っている。それは、凸凹であるが故のものだ。平らな紙の場合、どこを取っても均一的でつまらなく感じてしまうが、凸凹だとそうではない。個々が少しずつ違うから面白いのだ。このような私の感じ方は、他の事柄でも同じように当てはまる。

たとえば、たくさんいる普通の人達――本人達はそう感じないだろうが――は、これといった特徴的なものがないのに対し、少し違う人間――世間一般でいう「変人」に似て非なる存在――は、おのおの異なった個性を持っている。かく言う私もその部類なので、類は友を呼ぶように、私の周りには個性あふれる人々が多い。昔はそうでなくつまらなかったのだが、今となっては毎日がとても面白い。この経験が、私を少し違った思考へと変えてしまったようだ。
世間では、「人と違った意見を持て」、「個性を発揮しろ」などと個性が求められる風潮がある。そんな時、普遍的な、同一的な人ははたと困りかねない。自分の個性は何か、と考えこんでしまう。しかし、少しだけ違った点があると、それが立派な個性というものになる。だからと言って、特別変な人になれ、と言っているのではない。むしろ、己の中の人と違う部分を認めて、それを恐れず出していけば良いと思うのである。私もかつては己が出せなかった。人を恐れ、隠していたが、一度出してみると、想像もしない世界が待っていた。

それから私は、自分が好きな絵をより一層描くようになった。何冊ものスケッチブックを埋めるほどに。そして今日もまた、好きな絵をスケッチブックに描いていく。

(高一1  A.S)

 

田宮俊作『田宮模型の仕事』(佐野隆)

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今や時代はハイテク、小さな子供もネットワーク社会にどっぷりである。しかし、私が子供だったころ、お正月の楽しみといえば、もらったお年玉を握りしめ模型屋さんへ走り、プラモデルの品定め。これである。いろいろ欲しいものはあっても買えるのは1つ。選択は慎重である。当時のブランドは、タミヤ、ニチモ、マルサンであるが、これらのメーカーは他社に比べて組み上げたときの精度、質感ではっきり違いがあることは子供たちにもわかっていた。だから、わくわくしながら家に持ち帰り、手は切っても1つしかないパーツは決して壊さないという意気込みで製作にいそしむのである。

田宮模型(現(株)タミヤ)は現在では赤と青の星マークで国内外を問わず知られたメーカーであるが、著者である田宮俊作氏(現会長)によれば、決して順風満帆な歴史ではなかったようである。運送業、製材業からスタートし、火災による大損害からやむなくプラモデルの道に進んだ同社であるが、何より一流メーカーに押し上げたのは、本物へのこだわりであろう。そのための徹底した調査のあまり、外国では拘束されたり、国内でも公安警察の監視がついたりの苦労話はなかなか興味深い。

細やかな気配りと確かな技術、今までの日本を支えてきたこれらのものは、これからどうなっていくのだろう。経済大国であっても職人魂は忘れて欲しくない。

ところで最近のプラモはディスプレイモデルが主流だが、個人的にはモーターで動くものが魅力的。タミヤさん何とか採算度外視で頑張ってくれないだろうか。

【Amazon】  『田宮模型の仕事』

数学科教諭・バスケットボール部顧問  吉岡 晋作

金蘭千里に勤めさせていただいて13年が経ち、担当教科の数学で大量のテストを作ってきましたが、授業観やテスト観も年月を経るにつれ、随分変化したように思います。

初めのうちは、20分間のテストという制約の中でも、解決に至るプロセスや本質を問えるような問題を意識して作成していたので、授業で扱った問題とは見た目が違う問題が多く、生徒のプレッシャーは相当なものだったと思います。当時は、授業・宿題で養った力をテストで完成させるという思いが強くありましたが、実際にはテストの時点での完成というのは難しく、結局また基礎から補わなければならず、理想と現実の違いに悩む日々だったように思います。

現在は、年齢も重ねたせいか、すっかり現実に即した考え方に変わりました。
そもそも数学という学問はなかなかすぐに身につくようなものではないのだろうと。
もちろん自信を持って授業をしているのですが、テストを作るときから、きっとここはできないだろうと思い、採点しながらやっぱりできないかと思います。

ここはできて欲しいというテストから、ここはできないだろうというテストに変わりました。授業も、このレベルまでやろうから、どれだけ繰り返そうかと変わりました。テストは易しくなったけど、宿題は増えて今の生徒もしっかり大変なのだと思います。

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こんにちは、PC部です。
千里50景では、
今週から新入部員の中学1年生がインタビューや執筆を行ないました。

今回は、中学1年生の美術の授業について紹介したいと思います。
主に、中学生は水彩画を、高校生は油絵を描いています。
豊かな知識を持った先生たちがアドバイスをしつつ、自由に書くことができます。

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山田展之さん(14期、産業翻訳者、通訳案内士(英語))

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普段より母校のご発展の声を聴くたびに、卒業生として誇らしく思う次第です。
この度は50周年、本当におめでとうございます。

私は、現在、産業翻訳者として日本語を含め7言語で知的財産と工業関連の翻訳に従事しております。フリーランサー(自由業)という立場ですが、大手の翻訳会社に登録し、幸いなことにほぼ毎日稼働しております。金蘭千里高校、在学中は高校三年生の夏に英検1級に最終的に合格しました。そして、高校在学中に独学で勉強していたスペイン語の試験に大学1年のときに合格し、日墨政府交換留学生としてメキシコのプエブラ市に9か月間滞在しました。そして、21歳のときから、当時、大学に付設されていた語学研究所というところで4年間、韓国語の授業を受けて、大学卒業時には、4言語での会話が可能でした。具体的には、日本語、英語、スペイン語、韓国語です。在阪の特許事務所に7年間勤務する間、必要に迫られ、ポルトガル語、フランス語、イタリア語の翻訳も行いました。ほかの会社の業務や仕事にも共通していえることだと思いますが、翻訳業において重要なことは、①納期②形式③内容④+αの実力です。内容が三番目に来ていることは、多くの皆様にとって意外なことかもしれませんが、約束の納期までに仕上げることは、実に大切なことなのです。形式とは、誤字、脱字、訳し漏れがないかということです。そして、翻訳業も競争社会なので、実力の研鑽は常に必要なのです。

大学に入って、哲学を学んでいるときに、デカルトの思想に触れました。皆様の中にも、高校の倫理社会の時間にその哲学者の名前と概要について学ばれた方がいらっしゃるかと思います。演繹法と帰納法という考え方があって、これが微妙なのですが、大雑把に申しまして、経験と歴史の違いという概念の妙味なのです。個人的な経験は演繹法に属し、帰納法は歴史に基づく英知といってもいいかと思います。自分発の意見か、複数の他人の意見の要約かという違いでもあります。これは、どちらがいいかということは言えません。しかし、翻訳と通訳という技能に関していえば、他人の意見の要約を行い、それを別の第三者に伝えることはとても重要です。

主観と客観という概念も、自分という存在なしには、両方ともありえません。産業翻訳に関していえば、実務とビジネスマナーが重要で、やはり、在宅の仕事であっても、一般の社会人と同じ覚悟が必要となります。

私は3年前に通訳案内士(英語)の資格をとり、訪日外国人の通訳ガイドも行っております。皆さんは、翻訳と通訳は、語学を使う代表的な職業という印象をお持ちだと思いますが、翻訳の多言語はありえても、通訳に関しては、母語以外に2言語が限界だという認識が一般的です。通訳の場合、とっさのやり取りについて辞書を使うことは時間的に不可能です。尤も、場合によっては、それが許されたとしても、0.1秒の間が大切な分野なのです。それに比べて、翻訳はネットでの検索能力や調査技術が生かせる仕事なのです。私のようなおとなしい性格の者には翻訳が向いていそうですが、最近では、接遇サービス業である通訳ガイドにも進出しています。

脳科学の本によりますと、脳の機能うち前頭葉が最も重要で、物事の優先順位を決めたり、空気や相手の顔色を読んだりするのに役立つ部位だということです。結論から申しますと、前頭葉を駆使しない仕事やビジネスは存在せず、言い換えますと、人を介さない職業もないということです。あと、先ほども申しましたが、競争がない分野もありません。

人生で、後悔しないためにも自分の適性に合った分野で、とことん自分を磨く訓練を、若いときから重ねていただきたいと思います。金蘭千里の在校生の皆様、そして金蘭千里を目指して勉強されている受験生のみなさんが多くの成果を得られますよう、母校のご発展をお祈り申し上げます。

こんにちは、金蘭千里中学校・高等学校です。

毎週金曜日は、「金蘭50年」と題して、金蘭千里のこれまでの歩みをご紹介しています。

1998(平成10)年度は、創立34年めです。

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高校一・二年で数学・英語の授業について,
習熟度にあわせた授業クラス編成が開始されました。
(画像は、学校だより第52号巻頭の引用です)

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1998年度より、大山キャンプが中三で実施されることになりました。
(以前は高二で実施されていました。なお、画像は鏡ヶ成キャンプ場のものです。
現在は、豪円山キャンプ場で実施しています。)

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イギリス海外研修が始まりました。
夏季休暇の約3週間を利用して、イートン校(約3週間)と
ハロウ校(約2週間、現在は約3週間)のサマースクールに参加します。
(のちに2001~13年は、ラグビー校のサマースクールにも参加しました)

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10月には、イートン校のクック先生も来校されました。

「PLS部」

突然ですが、PLS部と聞いて、何をしている部活か、すんなり分かる方はどれだけいるでしょうか? けっこう少ないのではないかと思います。ですので、この機会を利用して、少し詳しくお話しさせていただきます。

まず、PLSとは Project of Light & Sound (「光と音のプロジェクト」) の略称です。
具体的に言うと、映画やアニメ、音楽などいろんな視聴覚メディアの研究や紹介(作品の上映や壁新聞作り)などにつとめています。

たとえば、最近上映したものは「アナと雪の女王」や「プラチナデータ」などです。高中祭では、自主制作ビデオの上映やオリジナル・ラミネートカード作りをやりました。

仲の良いクラブではありますが、挨拶をきちんとすること、自分の興味を殺さないことだけは、厳命しております。
活動自体はまだまだありますが、それは是非我が部へ来て、お確かめください。

(高二  C.M(部長))

アルベール・カミュ「異邦人」「ペスト」  (北代晋一) ihoujinpeste カミュの「異邦人」は、地方都市の私立中学に入った一年坊主が初めて読んだ「大人の本」でした。マセた同級生が読んでいたちょっと色っぽい場面に惹かれて、早速自分も書店で購入、えへんと開いた劈頭の文章が「きょう、ママンが死んだ。もしかすると昨日かもしれないが、私にはわからない」――衝撃的な書き出しです。本の中身がどうのという以前に、才気豊かな作家の個性と研ぎ澄まされた文章が、世間知らずで無防備な心に突き刺さるようでした。 しかも、主人公ムルソーが妙にかっこいい。ニヒルでちょいワルの奇妙な青年像に、理屈ぬきで感情移入(こんな人間が周りにいると厄介ですが)。もとより彼の無感動・無関心の意味、不条理の哲学など、当時の私に理解できたはずもありませんが、一種の通過儀礼としてこの作家が私に及ぼした影響は測り知れません。ただし続いて読んだいくつかの作品の陰鬱な難解さに閉口し、もっと楽しい(?)読書を求めて、麻疹のような私のカミュ熱も次第に冷めていきました。 ところが、腐ってもノーベル賞作家、カミュの看板は伊達ではなかった。高3の夏に受験勉強から逃れるように貪り読んだ「ペスト」が、私に再度強烈なKOパンチを食らわせることになります。これは〈疫病の蔓延により孤立した街〉という巨大な「不条理」の中で、さまざまな「抵抗」を試みる人々の苦悩と行動を描く群像劇です。極限状況に追い込まれた人間の孤独と連帯、逡巡と決意を描いて間然するところがありません。恐ろしい焦燥と渾沌の底にも、生きる意志と人間愛の息吹が感じられる、掛け値なしに感動的な作品です。文学性・テーマ性・リーダビリティを完璧に具えた、まさに畢生の傑作だと思います。70年も前の小説ですが、作者の切実なメッセージは今もリアルタイムで胸に響いてきます。ペストはナチ恐慌のメタファーとも言われていますが、古典的疫病の寓意は、大震災や原発危機を目の当たりにしてきた、現代日本に生きる私たちにも充分通じるものがあります。 というわけで私の良書は、異なる時期に異なる意味で大きな影響を与えてくれた「異邦人」と「ペスト」です。前者は教員が勧めるには内容的に微妙であるものの、短めの中編でとっつきやすく(内容は難物です)、若々しいエネルギーと挑発性に溢れています。後者はかなりの大部で文体も濃密ですが、教育的になんら問題のない、堂々たる名著です。それぞれの良さがあるので、興味を惹かれた人は、とりあえずどちらか、是非どうぞ。 【Amazon】  『異邦人』    『ペスト』

保健体育科教諭、バレーボール部顧問  杉山 聖子

大学時代のバレーボール部恩師の言葉「バレーボールへの恩返し」。
バレーボールを究めた、そして愛している素敵な恩師である。
当時、その言葉について深く考えたことはあまりない。
しかし、ずっと頭のどこかに存在する言葉だ。

自分の人生で大きなウエイトを占めるバレーボール。
バレーボールが与えてくれた感動・学び・多くの出会いが私の人生を支え続けている。
楽しいことの反面つらいことも多々あったが、それも含めて、今とても幸せだと言える。
感謝、感謝である。

現在、未熟ながらバレーボールを指導する立場にある。
自分がバレーボールからもらった素晴らしいこと、
それらを伝えているだろうか?
まだまだ究めていくことは多くある。

今やっとバレーボールへの恩返し、追求中である。