金蘭千里50式

2015.04.11

金蘭千里学園50周年特設サイト

「金蘭50式」は、50周年を迎える金蘭千里中学校・高等学校の「今」をお伝えする特設サイトです。一年にわたり、様々な視点からのコンテンツを50個ずつ発信して、金蘭千里の姿を描き出します。

最新の記事

上橋菜穂子  『鹿の王』 (筒井智子)

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ファンタジー小説というものを何となく避けていた私にとって、上橋菜穂子の『鹿の王』は衝撃的な作品だった。『鹿の王』は本当にファンタジー小説なのか?

強大な帝国にのまれていく故郷を守るため、死を求め戦う戦士団〈独角〉。
その頭であったヴァンは、奴隷に落とされ、岩塩鉱に囚われていた。ある夜、
ひと群れの不思議な獣たちが岩塩鉱を襲い、謎の病が発生する。
奴隷から見張り番まですべて死に絶える中で、辛くも生き延びたヴァンは
岩塩鉱を脱出、逃亡する。

一方、移住民だけが罹ると噂される病が広がる王幡領では、若き優秀な医術師ホッサルがその治療法を懸命に探していた。

逃げるヴァンと追うホッサル――この二人を中心に物語は展開していくのだが、そこで描かれる壮大かつ緻密な世界観に圧倒される。魅力的な登場人物の数々、徐々に明らかになる病気の謎、二転三転する黒幕…と、ページを繰る手を止まらせないストーリ-展開。何よりも驚いたのは、異世界を舞台としながらも、描かれているのは民族問題、政治、宗教、家族の絆、人と病、生命といった現代的なテーマなのである。

まるで「今、ここにある現実を見よ」という作者の声が聞こえてくるようだ。
(作品に出てくる〈黒狼熱(ミッツアル)〉と言う感染病は、偶然にもエボラ熱と重なる)
そういう意味ではこの作品はファンタジーでありながら、ファンタジーを否定しているとも言える。

「どうして病にかかる者とかからない者がいるのか?」
「どうして病にかかって生き延びる者と死ぬ者がいるのか?」
作品の中で繰り返される問い。かつて病で妻と子を亡くしたヴァンも、病と闘い続ける医者であるホッサルも、この問いを痛いほど考える。もちろん答えなどない。
現実世界と同じように、物語の世界も無常だ。そんな厳しい世界の中でも、暖かく
他者を支えながら生きようとする人々がいる。旅立つヴァンの後を追って「家族のように寄り添って」深い森の奥に消えていく人々の背を、夕日が照らすラストシーンは胸が熱くなる。
そうか!上橋菜穂子のファンタジーは希望の物語でもあったのだ。

数学科教諭  河合  治

タイトルを見て、「三平方の定理」の誤植ではないかと思った人もいるかもしれませんが、そうではありません。「三平方の定理」は、平面上、つまり、2次元の世界で成り立つ定理ですが、3次元の世界に拡張して考えると、同様の定理が成り立つのです。(ちなみに、「四平方の定理」は正式名称ではありません。また、知っている人も多いと思います。「究」というには全く値しないつまらない内容で申し訳ありません。)

「三平方の定理」

O(0, 0), A(a, 0), B(0, b) (a>0, b>0) とし、線分 OA, OB, ABの長さを、それぞれ x, y, z とすると、

sanheihouが成り立つ。

「四平方の定理」

O(0, 0, 0), A(a, 0, 0), B(0, b, 0) C(0, 0, c) (a>0, b>0, c>0) とし、三角形OAB, OBC, OCA, ABCの面積を、それぞれX, Y, Z, Sとすると、

siheihouが成り立つ。

同様に、「五平方の定理」(4次元の世界で、4面体の体積を考える)、「六平方の定理」、・・・も成り立ちます。ぜひ、考えてみてください。

ともかく、本校生(に限らないとは思うが)は、指示されたことさえやればよいと思っている人が多いような気がします。ぜひ、積極的に色々取り組んでほしいものです。

増田  大美さん(33期、環境省 地球環境局 国際地球温暖化対策室)

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金蘭千里創立50周年、おめでとうございます。

在学中、片道2時間かけて通学した事が思い出されます。学校と家の往復になりがちだったのですが、幸運にも先生と友人に恵まれ、中学高校に限らず、広い世界に目を向けるきっかけをいただきました。数学・世界史をはじめ先生方が単なる授業ではなく本音でその学問を語られ、新しいことを勉強する楽しさを学んだこと。毎年の野外キャンプや冬コート着用禁止ルールで、健康と耐久力が培われたこと。どれも今の支えになっています。
中学・高校を卒業して15年が経ち、私は今、国家公務員として環境省で働いています。大学で学園祭のごみ削減に取り組んだことがきっかけで、様々な人が関わって新しい解決策を見出していく「環境」という分野に魅力を感じ、入省しました。環境省に入ってから10年、これまでに大気汚染、河川環境、環境アセスメントの仕事や、英国への大学院留学(都市計画学)等、様々な経験をさせていただきました。2年半前からは、地球温暖化問題を担当する部署で働いています。

気候変動は、世界では日本国内以上に重視されている政策テーマの一つであり、100年スパンで取り組むべき長期的課題です。地球温暖化の影響は既に現れており、今後も国内外で多大な被害をもたらすとされています。気候変動の原因である温室効果ガス排出量を見ると、日本は世界第5位の排出国であり、早急な温暖化対策の実行が求められています。

直近の私の仕事は、国内の温暖化対策として、工場やオフィスビル、また住宅で省エネを進めるための対策を企画・立案、実行することでした。例えば、産業向けでは、排出量の多くを占める工場の温暖化対策ガイドラインの策定、またオフィスビルの省エネ改修に向けた民間投資促進ファンド作りを検討しました。家庭向けには、工務店等の方々と一緒にエコ住宅の基準の検討や、家庭エコ診断制度作りを行いました。省エネは、温暖化の文脈だけではなく、持続可能な地域づくり、地方単位・国単位でのエネルギー輸入コストを減らすという面でも重要です。半年前、温暖化問題の国際交渉に関する部署に異動しましたが、地域づくりと温暖化対策は世界の各都市でも注目され、議論されているテーマです。

多忙ではありますが、この仕事で最も楽しいのは、素晴らしい方々とお仕事する機会に恵まれ、まだ誰も見たことのない新しい政策を作り上げる過程を経験できるという点です。これから50年後、100年後まで続く社会を考えながら、様々な分野の方々と一緒にアイディアを出し合って議論する。この視点を持ち続けながら、今後も環境問題の解決に向けて取り組んでいければと考えています。

最後になりましたが、金蘭千里の在校生・教職員の皆様の益々のご活躍をお祈り致します。

こんにちは、金蘭千里中学校・高等学校です。

毎週金曜日は、「金蘭50年」と題して、金蘭千里のこれまでの歩みをご紹介しています。

2000(平成12)年度は、創立36年めです。

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この年度より、文・理系に分けたクラス編成が、高二生より実施されるようになりました。
(その他、種々の大幅なカリキュラム変更が行われています。
詳細は画像(学校だより54号)をご覧ください)

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10月、昨年度まで中高図書室が設けられていた場所に、自習室が新設されました。
(現在は、校舎内2階に移設されています)

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また同10月には、短大校舎内にパソコン教室が新設されました。
(現在は、校舎内3階に移設されています)

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10月、国立循環器病センターの妙中先生をお招きして、佐藤講堂にて学術講演会を開きました。

「楽しむ」

私は幼い頃、天才に生まれることができればどれほど楽でいいだろうと思っていました。ノートをとらなくても、ガリガリと長い時間机に向かわなくても、良い結果がついてくるような人になれればと真剣に考えたこともあるくらいです。しかし、高校生になった今もう一度考え直してみると、天才ほどつまらない人生はないのではないかと思います。

もし、私が天才だったとして何もしなくても全て人並み以上にこなせるならば、きっと私は生きる意味を見失っているだろうとすら思います。現実の私は生まれつき特に得意なことは無く、努力しない時はもちろんのこと努力しても結果がついてこない時だってしばしばです。でも、こんなもどかしい人生だからこそ頑張って楽しもうとする意欲がわいてくるのだということに最近になって気付きました。そして、失敗したり伸び悩んだりしないと分からないことがたくさんあるのではないかと思うようになりました。

その時はマイナスだと思うことも後ではプラスに変えることができるように、私はこの人生を夢に向かって目一杯楽しもうと思います。

(高一2  Y.M)

 

 

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大学に入ったばかりのころに、高島俊男の『独断!中国関係名著案内』を先輩に薦められて読み、河口慧海の『チベット旅行記』なるものがあることを知り、そのおもしろさに引き込まれた。時代は下るが、西川一三『西域八年の潜行』も夢中になって読んだ。

チベット人や蒙古人のふりをして潜入するドキドキ感もさることながら、両書の魅力は、西域・チベットの風俗習慣(異国情調)、そして、明治や昭和初期の空気をぞんぶんに味わえる点にある。当時、著者二人のシンプルで合理的、かつ実行力に富んだ生き方には強い共感を覚えた。独立不羈を貫く点にもあこがれを抱いていた。自分の原点はこの辺にあったのだなと、この文章を書きながらそう自覚した。

【Amazon】  『チベット旅行記〈上〉』  『チベット旅行記〈下〉』  『西域八年の潜行〈抄〉』

小学生の頃、大叔母をたずねて時々、着物姿のおばあさんが、訪ねて来られているのに気づいていました。親戚でもなく、お友だちでもなく、だけど大叔母の話しぶりから大切な方だということは、小さい私にもわかったのです。お部屋から聞いたことのない不思議な音が聴こえてきます。「あれ何の音?」と母に尋ねました。「お三味線。おっしょさん(御師匠さん)が来られてるよ。」おっしょさん!!なんと魅力的なひびき!大人の世界やと、どきどきしました。「私も習いたい」と言ったのでしょうか、もう今は思い出せませんが、それが私の琴と三弦の始まりです。

ご縁があって「春の海」の宮城道雄先生の代稽古をされていた先生に教わる事になりました。小学生でしたので、遊び半分のお稽古でした。師匠には、わが子以上に可愛がっていただき、芸だけでなく、しきたりや作法をたくさん教わりました。休日にある演奏会のお供は、もちろん嫌だったけれど、少しは忍耐が身についたでしょうか。感謝してもしきれません。お稽古は休まず通いましたが、練習をしていかないので、もったいないと、いつも呆れられていました。

社会人になり、急に自由時間がほしくなりお稽古を中断させてもらいました。今から思えば、時間なんて自分で作ればあったのに・・・その師匠も亡くなり、ふと30年も置きっぱなしになっていた楽器をみて、もう一度やり直してみたくなりました。そして今、また素敵なおっしょさんにめぐり会えた事もあり、60の手習いではないけれど、「和の心を究める」に挑戦中です。

中尾正俊さん(4期、一般社団法人大阪府医師会副会長、医療法人中尾医院理事長・院長 )

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金蘭千里学園創立50周年、本当におめでとうございます。

4期生の中尾です。卒業し日々の仕事をこなすことに精一杯の45年以上でした。今、このような振り返りの機会を与えて頂き感謝に堪えません。卒業当時は「金蘭千里!たしか金蘭会は女子高ではないの?」とか、今の金蘭千里からは想像もつかいない知名度が低く進学実績も乏しい一私立中高でした。50年間をかけて全国でも屈指の進学校になれたのは、辻本校長をはじめ歴代校長や多くの先生方そして金蘭千里を卒業した後輩達の頑張りだと感謝の気持ちで一杯です。

さて、私自身の振り返りを述べましょう。神戸大学教養部時代は解剖学などの授業もほどほどに、文学部に出かけ万葉集に没頭し、和辻哲郎先生の「古寺巡礼」を読みながら足しげく古都奈良・飛鳥に通っていました。教養部時代に医学のみならず日本文化に触れられたことにより精神的にも成長させていただいたと思っています。現在の医学教育は、教えなければならない医学が大幅に増えたために、医学部入学当初より医学分野の教育を行わなければならない悲しい状況です。さらに、医師国家試験も「資格試験」から新医師臨床研修制度で初期研修医の定員が設定されていることにより残念ながら「足切り試験」と化しています。

私が医師として誕生し成長させてくれた患者さんのエピソードを書きましょう。患者さんからは多くのことを教えて頂きました。消灯後に病棟を見回っている時のことです。40代の急性骨髄性白血病の患者さんの部屋に床頭台の明かりがついていました。その患者さんの病室に入室すると、その患者さんは窓の外をじっと見ておられていました。その患者さんに話しかけると、家族を残して死んでいく口惜しさを涙ながらに切々と語りかけて頂きました。また、悪性リンパ腫の患者さんが化学療法中にカリニ肺炎を発症し、十分な酸素が投与され患者自身も努力呼吸をしていたにもかかわらず、「空気を、空気を」と訴えながら亡くなられたことを思い出します。最後に気管挿管しアンビューバッグを押した時、あまりの呼吸抵抗の高さに、「これでは空気が肺に入らないなあ」と思い、涙をこらえることができませんでした。医師として患者さんのために患者さんと一緒に病気と闘おうと誓ったレジデント時代を思い出し、「初心忘るべからず」の心境です。

今は、父の後を継ぎ「かかりつけ医」として地域医療に従事しています。おじいちゃん・おばあちゃん達からその子供そして孫までの初期診療を行っております。専門医療が必要になったら、速やかに専門病院に紹介し的確な医療を受けてもらうように日々頑張っています。また、学校医として学童の健康を、中小企業の嘱託産業医として従業員の健康保持にも努めています。

そして、24年前から地区医師会の役員になり、10年前から大阪府医師会理事そして今年から副会長に就任し医師会活動も行っています。患者さんと医者との関係は良好ですが、なぜか「医師会」となると市民・患者さんとの関係が少し悪くなるのが悲しいかぎりです。府医師会は府及び市町村行政とタッグを組み、2025年の高齢社会に向けて患者さんが望む医療提供体制や要介護高齢者が住み慣れた町で安心して療養できる地域包括ケアシステムの構築に向けて頑張っています。

最後に、後輩の君達にエールを送りたい。特に病に苦しむ患者さんために、一人でも多くの後輩達が医療の道に進んでいただきたい。志のある若き医師達が一人でも増えることを願い、筆を置きます。