金蘭千里50式

2015.04.11

金蘭千里学園50周年特設サイト

「金蘭50式」は、50周年を迎える金蘭千里中学校・高等学校の「今」をお伝えする特設サイトです。一年にわたり、様々な視点からのコンテンツを50個ずつ発信して、金蘭千里の姿を描き出します。

最新の記事

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こんにちは!PC部です。
今日は、1月8日(木)の始業式からはじまった3学期の予定や、
まだまだ紹介しきれていない金蘭千里の行事などを紹介したいと思います。

3学期も悔いを残さず走り抜けましょう!
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西田光男さん  (3期、鍛鉄工芸家)

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ガッツン!

一瞬何が起こったか分かりませんでしたが、状況は直ぐに理解できました。

数学の授業に集中し(?)、つい眠りに入った私の頭に黒板用コンパスの一撃でした。担任でもあった肥塚先生には特に可愛がられた一人で、50年近く経った今でもあの愛の鞭は鮮明に覚えていますし、大好きでもあった数学が作品のデザインなどで大いに役立ち感謝しています。

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私の職業は赤く熱した鉄を叩いて作品を制作する『鍛鉄工芸家』です。

ヨーロッパに旅行した人なら、鉄で細工された、扉や窓の格子、看板、手摺など目にされた事があると思います。これらの多くは溶接をしないで組み上げられています。日本の寺社などを釘を使わず、木組み・継手と組手だけで建てる宮大工の技術に通じるところがあり、アールヌーボー、アールデコの時代に技術とデザインの多様性が進みました。

私がこの道を志した頃、日本ではその技術を教える学校はおろか、それを職業にする人もほとんどいませんでした。美術大学を卒業後、主にドイツやアメリカで出版された専門書に表記されていた英語を訳し、試行錯誤しながらの独学でした。

ヨーロッパのデザインに囚われない独自のデザインを追求しながら、門扉やフェンス、モニュメントなどの依頼を受け制作していましたが、大きな作品や仕事の注文も増えて行く中で一人でやっている事に限界を感じ始めていた38歳の夏、ヨーロッパとりわけドイツとスイスの鍛鉄工房を回る旅をしました。その中の一つ『マンフィールド・ブレドール』さんの工房には、将来の独立を目指し技術を学ぶ、さまざまな国の若者が働いていました。それを目の当たりにし、自ら抱いていた、若い人を育て、この日本で『鍛鉄』を誰もが知る職業に押し上げたいという夢が更に膨らんで行きました。

『自分には出来る!』

旅立つ前には、自分には人を育てる技量があるのか?そんな疑心暗鬼を払拭できたのもこの旅でした。

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1992年、埼玉県秩父市の工業団地の一角1600坪の土地に工房が完成し、今も全国から集まった6名の若者と制作活動に励んでいます。これまで工房から巣だった内の11名は海外も含め自らの工房を構え仕事をしています。

東西の壁が崩壊して以降、技術交流を目的とした鍛鉄イベントがヨーロッパ各国で開催されており、ほぼ毎年講演依頼を受け、さまざまな国に行っています。アジアの最も東の国で、伝統に囚われない斬新なデザインを実践している事がその要因と思われます。私自身も参加する事により新しい技術やデザインを学び、更に成長したいと考えています。

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直径が600mm丁度で幅が50~60mmの輪(厚さの指定なし)で、
あとはそれぞれの作家の自由。
私は常に風の方向に向かうリスをアレンジしました。

2年前、とても嬉しい事がありました。

ノルウエー・オスロ郊外の公園に設置する、世界11カ国14名の鍛鉄工芸家による共同モニュメント(リング・世界の輪を意味する)の制作者の一人として選ばれたのです。そしてメンバーの中にアメリカ代表としてアルベルトペリーさんの名前を見つけました。若い時に教本としていた洋書の1冊に彼が大きく紹介され、鉄とは思えない温かなラインで私の心を魅了していました。そのあこがれの人の作品と肩を並べて立っているのです。

2015年にはノルウエーに行き、是非そのリングの中に立ちたいと思っています。

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ダンス!アーティストやアイドルが踊っているのを見るのも、コピーしてみんなに披露するのも本当に好きだった。
ダンスや踊れる人に強い強い憧れがあった私は、ダンス部が出来ると知った時、「金蘭千里の歴史が私の方へ動いてきている」という強い興奮と運命を感じた。

乗り気じゃない友達をも誘いダンス部の記念すべき第一期生となって2年弱。
先生や上手な友達や後輩のような美しい動きが出来ず、涙腺が緩むこともある。
出来ないことがあるとすぐ辞めてしまう性格の私が今も続けられるのは、きっと私が心から強くダンスというエンターテイメントに惹かれているからだろう。

ダンス部の活動は私に3つの大切なことを教えてくれた。

まずコミュニケーション能力の必要性。部活をする以上幅広い学年の人々と関わらねばならない。初対面の人と接するのが苦手な私は4月の後輩との初対面時、緊張で泣いてしまったくらいだ。これではいけないと、まずは「挨拶から元気に!」を心掛けている。

次にあきらめない事。自分だけがこなせない難題に直面すると悔しくなるけど、下手なりに頑張ればいつか実ると身をもって証明できた。

最後に自分を表現することの素晴らしさ。同じ集団・同じ振付でも表情・キレ・緩急の差で一つ一つが異なるものとなって個性が出る。和を保ちながらも個性が光る。自ら踊ることで魅力が増し、更にダンスが好きになった。

ダンスは世界言語。世界中のどんな人でも自分の体と少しのスペースさえあれば踊り、自分を表現できる。と、私の尊敬するパフォーマーは言う。

ダンス部は今日も金蘭千里の彩を多目的室から世界へ発信している。

 (ダンス部  H.M)

サイモン・シン『フェルマーの最終定理』

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01 のとき、方程式 02 において, 自然数 03の組は存在しない』

この定理が産声を上げたのは17世紀。フランスの数学者ピエール・ド・フェルマーが, 彼の愛読書である『算術』の余白に書き込んだメモがきっかけである。 さらに, 「私はこの定理について真に驚くべき証明を発見したが, ここに記すには余白が狭すぎる。」と(まるで今人気の某少年マンガの始まりの一言のような)コメントが記してあった。まるで誰かがそのメモを見ることを予想していたかのように残したこの一言の発見が, 以後350年に渡るこの物語のスタートとなる。

内容はワイルズのフェルマーの最終定理を中心に, それまでの歴史, 周辺数学事情を非常に的確に選んで一つの物語となっている。記述も実に読みやすく, 判りやすいので数学の専門家でも, 全く知識がない人でも読めると思う。「わかった気にする」だましではなく, うまく端折って次への興味を抱く構成となっており非常に面白い。ピタゴラスから数学史を説き起こし, フェルマーに至り, 谷村・志村予想を経てワイルズがこの難題を証明し, それを本来の意味の「定理」とするまでを, 巧みに記した無類の物語と言えるだろう。あくまで本書の主役はフェルマーの最終定理ではなくそれを取り巻く人間たちである。

題名からしてとんでもなく敷居の高い本のように思われるかもしれないが, 身構えずにぜひ一度読んで, この起伏に富んだ物語を体験してみて欲しい。

【Amazon】  『フェルマーの最終定理』

「強い心」

保健体育科教諭、バレー部顧問  浅倉  剛

スポーツの世界では心技体という言葉がある。

以前、心・技・体どの言葉が一番重要なのかと恩師に問われた事があり、その答えは『心』だった。心で技を磨き、心が体を育てるからだ。その心を育てる強い精神力が大切だと学んだ。

昨今、子供たちを見ていると特に、逆境にも打ち勝つ強い精神力を育てる事が必要だと感じている。私の指導しているバレーボールでは、レシーブ指導に重点を置いている。レシーブは受身と思われがちだが、積極的な攻めの強い精神がなければボールは上がらない。練習の繰り返しで、拾って拾ってあきらめない、不屈の精神育成を行っている。

今年から本校もクラブ活動が増え、更に活発化してきた。強い心を持って文武両道のもと生徒達と共に精進していきたいと考えている。

山本光平さん (7期、株式会社テルミーソリューションズ 代表取締役社長)

金蘭千里創立50年!誠におめでとうございます。
また素晴らしい節目に際し、改めて先生方の御恩に深く感謝致します。

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「ダメな学生」

私は元々違う高校に通っていましたが、思うところがあって金蘭千里に再入学しました。
また高校2年のウィンタースクールの時には、勝手に米国へ行ってしまい学校へ戻れるかどうかと言う前代未聞の問題児でした。しかし今ではイートン校へ多くの金蘭生が学ぶと聞いて、やっとその時代が来たのかと、先日も辻本校長先生と談笑していました。

そして金蘭千里で学んだ「チームワークの大切さ」や「基本的な学習方法」等が無ければ、数々の転機を乗り越える事が出来ず、実現不可能な事ばかりの人生だったと思います。人生で数回あればと言うチャンスに、それに気づき!モノにする能力「セレンディピティ」の基礎を学んだと今では深く感謝しています。

さて私は大学では法学部で入り海商法を専攻しました。海商法とは海上輸送での商取引や保険を専門とする学問で、特に私の場合は昭和の輸出産業全盛期において海外貿易する際の取引について学び、その結果オートバイや船外機を輸出する会社を目指しました。

「ダメな会社員」

しかし新入社員の望み通りの部署に最初から行ける訳もなく、先ずは営業からと船舶部門に配属になり、入社してすぐに数千万もするクルーザーを売って来いと鞄を持たされました。

同期の新入社員には高校や大学時代からインターハイ・国体・オリンピックでの選手経験がある者が多くいて、毎月売上を伸ばして行きます。
一方なんの経験もなく知識すらない私は、数か月売上ゼロの有様。心の中では今は研修で営業に身を置いているだけで、いずれ世界を股にMADE IN JAPANを普及させると自分を慰める毎日でした。そんなある日、見かねた先輩が「山本!釣りに連れて行ってやる」と誘ってくれました。でも父親の下手の横好きの釣りに辟易していたので当初は気乗りのしない話でした。さて実際にクルーザーに乗って釣りをしてみると、今まで魚屋でしか見たことのない様な立派なタイやヒラメの舞踊り!正に目と手から鱗が落ちました。

残念なことに自分には販売実績がない為に、もう一度釣したくても出来ない日々・・。
そこで色々なマリーナに通って週末の釣果を記録して「実釣新聞」をつくり、先輩たちの顧客に情報提供してみました。そのうち急速に情報が集まりだし、それきっかけで初めて販売することが出来ました。毎週の様にその顧客と出航する内に、よりリアルな情報が増えて、自然と販売も好調となり、とうとう最優秀販売者として表彰されるまでになる事が出来ました。
また釣れる時期をデータ化することで、次に釣りに行く場所や対象魚の仮説を立て、その結果で戦略まで高める事は、「基本的な学習方法」の成果と言えます。

そしてそれまではクルーザーの大きさや性能に囚われていましたが、顧客はレースで勝つ為にヨットを買い、狙っている魚を釣る為の道具としてのボートなので、「この船を買うと夢を叶えます」と任せて貰う事が一番重要であり、カタログに書いてあることは飽くまでもその判断材料の一手段である事に気がついた時点で、個人のパフォーマンスに負う営業ではなく「チーム」として全国の手法となりました。

「ダメな経営者」

さて期待を超える黄金時代到来と思ったのも束の間、父親がガンで急死して実家の稼業を継ぐ事になりました。当社は1930年創業で戦前はモンゴル近くまでも海外店舗を進出させ、戦後は初めて科学的パーマを普及してきた美容院です。三代目の経営者として美容師免許も持たずに経営に入った為に、また経験も知識もない日々の繰り返しです。

しかし金蘭千里時代に学んで前職で経験した「セレンディピティ」を、この業界でも応用できないかと思い、自社の顧客リストをデータ化してみるとお客様其々来店パターンがある事に気が付き、次回来店の仮説を立ててその結果をチームでフィードバックするソフト開発に着手しました。
結果、自社の売り上げは198%を達成し、同じソフトを導入した店舗は全国に2000軒近くとなりました。
一見、売上の成功事例の説明に思われるかも知れませんが、実は顧客満足を正確かつ丁寧にすることほど「明確な目標でありながら非常に困難な仕事」なのです。
又自分だけでなくチームで、色々な人を幸せになる様にすることの大切さの「根本」は金蘭千里で学んでいたのだとも思います。

「自分の為だけでない」

経営も軌道に乗ってくると同時に、かつて夢見た世界最大の魚への想いも募り、ワールドスタンダードの釣り協会であるIGFA(http://www.igfa.org)に入会し本格的にチャレンジを開始しました。国内外の大会でも順調に記録を伸ばし、最終的には冒頭の写真の通り世界ランキングで2位まで到達出来ました。(当時の記録406Kgを6分30秒でキャッチ! https://www.youtube.com/watch?v=kisHsg06rys

かつて釣りなんて!と思っていた私に声をかけてくれた会社の先輩のおかげで仕事への取組みが変わり、またその経験を生かして稼業や業界に貢献出来たのも原点は一つです。その意味では金蘭千里に再入学したことは最大のチャレンジだったのかも知れません。

その後はその経験を活かし、和歌山県那智勝浦町で西日本初めての大会を開催し20年近く町に貢献出来ました。またその成果により現在では多くの自治体が「釣り大会による地域活性」へと繋がり発展しました。
近年では、かつてヘミングウェイが役員をしていた前述のIGFAの日本代表を仰せつかり、かつての職場の業界を通じての地域活性講演や、海外での教育事業もお手伝いしています。またNHKのBSスペシャルでもその活動が紹介され、色々な専門誌やメディアへも出演して「自分以外の人も幸せにする」事を目指して活動しています。

03社団法人舟艇工業会での講演

04韓国のマリン業界での講演

「NEXTへ」

いよいよ私も還暦を迎える歳になりました。
社会で生きて来れたのも、すべて今までの教育と周りの方々の協力の賜物と深く感謝しています。そこで少しでも恩返しをしようと社会活動のお手伝いもさせて頂いています。特に金蘭千里生お馴染みの阪急北千里駅に当社がありますので、DIOS北千里専門店会の会長としても2つの中学校と1つの府立高校の評議委員を務め地域の学校支援をしています。たとえば北千里のスタンプ事業で、学校に太陽光発電を寄付するお手伝いをしました。これは将来大災害時にインフラが全て遮断されても電力の確保が出来るので、携帯の充電・インターネットやラジオ・TVでの情報収集が可能な避難場所を徐々に構築しています。またDIOSと大きく書かれた置き傘の寄付もPTAの希望により実施しました。本来学校は商店街のロゴ入りの傘を置けない決まりがあるそうですが、PTAへ寄付されたロゴ入り傘は学校に置けるとの事。それであれば突然のゲリラ豪雨でも置き傘で子供たちが濡れなければハッピーな話です。また大きなロゴ入りの為家庭でも目立つので、回収率が高いという利点もあります。

また国の補助金を得て、世界初の自走式FM局を北千里駅前に開設しました。日頃は近隣の学校便りや大学・インディーズ系の音楽イベントを放送してコミュニケーションを図り、万一の緊急災害時には地域密着型のFM放送が出来るものです。
自走式なので、万一海岸等に近い場所では高台に避難して地域情報を流すことも可能です。

現在ではスマホやPCでインターネットFMをダウンロードすれば聴く事が出来、地下鉄内でも利用できる様になりました。因みに毎週金曜日の17:30からは辻本校長先生が生放送に出演されていますので是非お聞きください。(83.7チャンネル FMラジオでは千里のみ)

05新聞で紹介されました。

06「となりの人間国宝さん」に認定されました。

「最後に」

また辻本校長先生のご指示で2004年から、金蘭千里中学校1年生の道徳の時間を毎年担当しています。(今年の様子。金蘭千里ブログより。http://kinransenri.blogspot.jp/2014/11/blog-post.html

本当にこの世は自分の思い通りには成りません。一時的に達成できても長続きしにくいか、または全く個人や小さな満足に終わっている場合もあるかも知れません。

一方50式で紹介されている方も含め、多くの卒業生が社会で活躍されています。毎日研鑽や研究や工夫を重ね、チームで大きな成果を上げていらっしゃる方もいると思います。
僕は期せずして美容院の経営に落ち着きましたが、美容業界としては全国のコンビニの4倍以上の店舗があります。ここへ毎月定期的に来店される顧客と何か出来ないかと思っています。
例えば「健康」には「気づきと継続」がとても大切です。それならば全国津々浦々にある美容院を通じて健康への提案や実行が出来れば、大きく国民の幸せに資する成果をあげられるかも知れません。
その為には、法律的な判断や医学的な知見も当然ながら幅広い人材が「チーム」になって
「自分以外の人も幸せに」を目指してみると何か大きなものが生まれる可能性もあります。

これこそ次の創立100周年に向って、「チーム金蘭千里」を辻本校長先生の号令のもと想い描くのも、学校への恩返しの一つかなと密に期待しています。またこれは当社の名前の由来である「解決策をご用意致します!ご連絡下さい(Tellme Solutions)」にもつながります。

最後になりましたが、益々の母校の発展と卒業生のご活躍をお祈りいたします。

長文失礼いたしました。

こんにちは、金蘭千里中学校・高等学校です。

毎週金曜日は、「金蘭50年」と題して、金蘭千里のこれまでの歩みをご紹介しています。

2001(平成13)年度は、創立37年めです。

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この年度より、週3時間実施されている体育の授業のうち1時間が、
校技(男子サッカー女子バレーボール)以外のスポーツを実施するようになりました。
(高二高三生は、テニス・卓球・バスケットボールなどから1つを選択することができます)

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毎年7~8月に実施されるイギリス海外研修を充実させ、
イートン校・ハロウ校に加えてラグビー校にも参加できるようになりました(2001~2014年)

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高中祭開会式の行進の様子です。

「迷路」

分かれ道や……

これは私が進路の選択調査が始まってから終わるまでずっと思っていたことでした。結果的には私は理系に決めましたが, 家族に反対され, 決定した今でも認めてくれないこともあります。改めて決めた理由を考えると自分の意志はもちろんですが周りへの反抗精神も少しあったような気がします。

今回の選択調査期間に私は行き先が見えない迷路にはまってしまったなって気持ちになりました。どっちに行けばいいか分からない。 そりゃ何事にも完璧な正解なんてものはないと思います。「どこまで行けばゴールか分からない」=「どれが正しい選択なのか分からない」って思ったんです。一生手探りで行かなければいけないのかと思いました。ただ, 周囲の言葉にいちいち流されていたらキリがないなって実感しました。自分自身, この選択によってどうなるかなんて全然わからないです。けど, わからないからこそ最高峰を目指してみようかなって考えられたし, 選んだんだったらこれで頑張っていこうとも思えたのも事実です。

「どれが正しいか分からない」と言いながらも正しいと思い込んでいかないと, 悩んだまま前進しないと思います。自分を騙しているうちにそれが現実になってくれたらいいな, とか考えながら次の分かれ道に出くわすまで歩いていこうと思っています。

高一3 O.M