金蘭千里50式

2015.04.11

金蘭千里学園50周年特設サイト

「金蘭50式」は、50周年を迎える金蘭千里中学校・高等学校の「今」をお伝えする特設サイトです。一年にわたり、様々な視点からのコンテンツを50個ずつ発信して、金蘭千里の姿を描き出します。

最新の記事

司馬遼太郎『竜馬がゆく』(中尾具代)

ryouma

本をあまり読まなかった私に本を読む楽しさを教えてくれた本です。誰もが知っている「坂本竜馬」。その生涯を描いた物語です。私はこの本を読んで、竜馬の魅力にハマってしましました。人を動かす力、人を喜ばせること、最高の師に出会うよろこび、わがままな生き方、仲間と喜びを分かち合うこと等々。なにより人間の大きさに惹かれました。
人の心を熱くする人は、たくさん居ると思いますが、私にとっては竜馬もその一人です。

「世に生を得るは事を成すにあり」彼は幕末、日本を変えるという大きな事を成しました。残念ながら変化を見届ける前に世を去ってしまいました。

「事」は人それぞれです。その人にとっての「事」とは何か?夢ではないかと私は考えます。大人になっていくと意識しなくなってきますが、いつまでも夢は持ち続けたいものです。この本を読むと「夢を持って生きよう!」と思わせてくれます。

【Amazon】  「竜馬がゆく」

国語科教諭、文芸部・演劇部顧問  山本匡

過去を振り返り、自分が何を究めたかということを考えていったとき、すべてが中途半端であったと痛感せざるを得ません。

中学高校と本を読むことに熱中し、その流れで大学も文学部に行きました。そしてそこで出会った仲間たちと創作同人誌を作り、いくつか書いたりもしましたが、それっきり。読むことだけが続いているのが救いでしょうか。大学時代には、授業の合間をぬって(授業そっちのけで?)当時まだたくさん残っていた名画座に通いつめたりもしました。2本立てをハシゴしたりしながら、年間150本以上、国籍・時代・ジャンルを問わず上映されている作品を見まくっていましたが、卒業して勤めるようになってからはさすがに「授業そっちのけ」というわけにもいかず、時間がとれなくなってフェイドアウト。行く機会が減ってくると、映画への思いも薄れていき、応募しようと書き始めていた脚本もどこかへ行ってしまいました。

一番時間がとれたはずの学生時代にある程度「究め」ておかないと私の場合ダメだったんだろうなと今になって思ったりしますが、それも後の祭り。その後も何かを見つけては、しばらくするとやめてしまって他に何かいいものはないかを探し求める、その繰り返し。

去年の4月、新しく入ってきた中一生に向かって「君たちの目標は金蘭千里に入ることでも、いい大学に進学することでも、いい会社に就職することでもない。自分の人生が終わるときに〈ああいい人生だっなあ〉とつぶやけることだ。」などと偉そうなことを言いました。しかし、よく考えてみれば自分の人生、どうなのでしょうか。……反面教師。

「人生未だ究まらず」どころか「人生まるで究まらず」。せめて少しでも〈いい人生〉に近づけるよう、今からでも「これ」と呼べるものを見つけていきたいと思っています。

kei_42

こんにちは、PC部です!
今日の50景では、
金蘭千里を旅立っていかれる高校3年生の先輩方の
最後の晴れ舞台 「第48回 高校卒業式」についてご紹介をさせて頂きます。

高校卒業式は、1月26日(月)朝10時にスタートしました。
中学1年生~高校2年生までの在校生全員で、卒業される先輩をお見送りしました!
そんな式典のようすをご紹介いたします!

続きを読む

馬場和比古さん(4期、馬場製紙所 手漉き和紙製造)

 

創立50周年おめでとうございます。

昭和40年金蘭千里中学校1期生として入学しました。
初代学校長の佐藤一男先生に「がんばりましょう」と温かいふくよかな手で握手をしていただいた事や先生の笑顔は今もよく記憶しています。
当時学校の周辺はまだ野山が多く緑に囲まれた静かな環境で、田舎育ちの私は精神面でとても助けられました。先生方や関係者の方々のご尽力により建学の精神が受け継がれ、さまざまな改革が行われて素晴らしい学校に発展していることをたいへん嬉しくまた誇らしく思っています。

私は兵庫県西宮市名塩で家業の手漉き和紙の製造を継いでいます。名塩の集落で紙漉きが始まったのは室町時代中期と言われ最盛期には120軒ほどの紙屋がありました。
名塩の紙は土入りという他産地ではみられない特殊な紙のため贋造が困難なことから、江戸時代には諸国の藩札の地紙として多く使われました。

私が漉いているのは金箔打ち原紙(箔打紙)と言われる紙で金箔を製造するのに用いられます。日本の金箔の99%は石川県金沢市で製造されています。金箔は金に微量の銀と銅を混ぜた合金をある程度まで薄くしたものを1800枚の和紙の間にはさみ、それを皮で包んだものをハンマーでたたき1万分の2~3ミリの薄さまで延ばします。
和紙で打たれた金箔は日光東照宮や中尊寺の金色堂等の文化財の修復に使われています。
一昨年、日光東照宮を訪れ随所に使われている金箔を見てきましたが、この文化財の維持に関われていることに喜びを感じるとともに責任感も強く感じました。

箔打紙の原料はジンチョウゲ科の雁皮(がんぴ)という植物の皮の部分と名塩周辺で採掘される白土(凝灰岩)です。
打ち延ばす際、内部が高温になりますが白土を混入しているため紙が焼けてしまわず雁皮のきめ細かい光沢のある繊維となめらかな白土の相乗効果により落ち着きのある澄んだ金箔が生まれます。

写真1

手漉き和紙は冬の気温の低い時期に紙質のしまった最高の紙ができます。そのため部屋は暖房をせず、そばに置いた小さな釜で湯を沸かし時おり手先をつけしびれを防ぎます。
非常に厳しい環境での孤独な作業ですが自分の思った通りの紙が仕上がった時の喜びはなにものにも代えがたいものです。

箔が打たれるときの圧力や熱に耐え、また最高の金箔の仕上がりを求められるため、紙の厚みや土の量、小さなゴミ、強度等 手漉き和紙としてはたいへん規格の厳しい紙です。
気温や湿度の影響を受けやすく白土の量や加えるのりの加減、紙の厚みを目と耳と手の感覚から読み取り調整していきます。周辺で採取される原料や山水を用い常に季節や日々の天候を肌で感じながら心と繋がった手仕事で紙を作ることに魅力を感じています。

写真2

日本の文化を支えてきた手漉き和紙は、日本の風土と洗練された技術によって育まれてきたものです。しかし伝統工芸が共通にかかえる問題として後継者不足や環境の変化 そして需要の減少等、和紙を取り巻く状況はたいへん厳しいですが、気概を持って仕事に向き合いこの技術を守り次の世代に繋いでいきたいと考えています。

金蘭千里での6年間は勉強しないで好きなことばかりしていましたが人間味のある先生方との出会いやサッカー部のみんなやクラスの友人との楽しかった日々、キャンプやしんどかった20分テスト等すべてが掛け替えのない思い出です。
今の自分のベースになっているものの多くは金蘭千里で培われたものと感謝しています。

これからも母校が人間形成の場としてますます進化し卒業生が世界中で活躍されますことを心から願っています。

こんにちは、金蘭千里中学校・高等学校です。

毎週金曜日は、「金蘭50年」と題して、金蘭千里のこれまでの歩みをご紹介しています。

2005(平成17)年度は、創立41年めです。

img305

4月1日、学校法人金蘭千里学園が発足しました(金蘭会学園から分離独立)。
初代理事長・学校長には辻本賢先生が就任されました(画像内の写真.2005年4月~現在)。

KINSEN-N-03 KINSEN-PRI-01 KINSEN-PRI-054-6教室IMG_1603

3月に完成した新校舎で、4月より授業が始まりました。

img306

11月、創立40周年を記念して、佐藤講堂にて記念式典と祝賀会が行われました。

sei067

四十周年記念誌が発刊されました。

2005

2020年東京オリンピック・パラリンピック招致の
プレゼンテーションでも活躍された佐藤真海さんに、
講演をしていただきました。
(佐藤さんには、2008年(金蘭千里中学校ブログが別ウィンドウで開きます)にも
講演いただいています)

RIMG0011

この年度から文芸部が活動を開始しました。

homecoming

2006年3月26日(日)、第1回ホームカミングディが開催されました。
(ホームカミングデーは現在,毎年6月の第3日曜日に実施されています.
画像は,尚友会(同窓会)HPの第1回ホームカミングディ開催報告(一部)を
引用させていただきました)

「憧れ」その意味は、理想とする物事や人物に心が引かれること。例えば、歴史の偉人やスポーツ選手、その他著名人。思い浮かべるものは人それぞれですが、私の「憧れ」はそんなに大それたものではありません。

きっかけは分かりませんが、私は小学校高学年のころから人と交わることに興味が持てなくなっていました。相手が話しかけてくるから、なんとなくそれに相槌を打っておく。そんな感じでした。面倒だから。友情なんて。いろんな言い訳をしつつ、他者との交流から逃げ続けていました。

中学時分も物事をなんとなくこなしていたら過ぎてしまっており、他と協力して何か成し遂げようなんていう積極性は、皆無に等しかったと思います。

そして高校に上がったある日、休み時間にぼんやりしていると、目に入ってくるのはクラスメイトが笑いあっている風景でした。いつもの光景なのに、それを見て自然と笑みがこぼれて。いいな、私もあんなふうに振舞えたらな、と思っている自分がいて。

このなんともない出来事こそ、自ら他者とコミュニケーションをとり、笑い合えている彼らに対して「憧れ」というものを抱いた瞬間でした。

それからというもの、人と交わることの楽しさを少しでも感じようと、自分から積極的に話しかけたり、協力するよう努力したりするようになりました。小さなことを糸口に誰かと接触する。それは私にとって大きな一歩だったと思います。

積極的に人と交わろうとすることは悪いことばかりではない。そう教えてくれたのは、楽しげに会話するクラスメイト。交わることを避けていた人たち。彼らが踏み出させてくれた一歩は、本当に小さなものかもしれません。でもこの一歩を積み重ねていき、人間的に二重にも三重にも大きくなれればと思います。

(高一6  N.N)

東野圭吾『流星の絆』(吉村幸司)

ryuusei

学生時代には読書感想文の為にしかほとんど読書したことがない私が、金蘭千里で教壇に立たせてもらうことになり、読書を生徒に推奨する校風に気まずさを覚えて、書店のお薦めコーナーで手に取ったのが東野圭吾さんの小説でした。

東野圭吾さんの作品は理系人間の私が苦手とする曖昧な表現が出てこず、非常に読みやすいです。また、作品の中に出てくる伏線を後々、「なるほど!」とうならせる形で回収していくスタイルは痛快です。この「流星の絆」は両親を殺害された3兄妹がその犯人を突き止めていく話ですが、他の作品同様に面白い結末が待っています。作者のこのスタイルを知ってから、色々当てをつけながら読み進めていくのですが、いつも結末に驚くばかりです。個人的には、数学の問題の素晴らしい別解を教えてもらっている感じだと思っています。私と同じように読書が苦手な人ほど手にとってほしいと思う作品です。

なお、書店で最初に手を取ったのは「流星の絆」とは異なる作品ですが、今回読み返してみて、中高生には刺激的な表現があったり、救いようのない結末だったので、「流星の絆」をお勧めの一冊としました。最近の作品の方が後味の悪くない作品が多いと思います。

【Amazon】  『流星の絆』

 

英語科教諭、美術部顧問 柴山哲也

pic 1

S’ils n’ont plus de pain, qu’ils mangent de la brioche ! (Marie-Antoinette?)

“Time for a snack!” That sounds yummy. Unlike regular meals, sweets are not necessary from a nutritional point of view. In fact, it may be that some of you went cold turkey on them. I think it’s a right choice for your health, but are you sure you can live without sweets? Can you forget the pleasure of indulging in them when you feel blah? I swear to God, I cannot. Sweets can be a panacea for reducing suffering in life.

I was born in Nishi-ku Nagoya and lived there until the age of six. The district is dotted with confectionery factories. I remember my granny would often take me to a small wafers factory within a few minute walk from home and get me some cheap sweets. I’m not quite sure what it was that I was given as a snack for the first time, but as far as I can recollect, it was Nagoyan. It’s a luscious steamed bun with smooth yellow bean jam in it. Major yummy! My other favorite sweets I grew up eating are Shiruko Sand or sweet crackers with red bean syrup in them, and White Lolita or soft cookies wrapped up by tasty white cream. These long-selling products have been manufactured since my childhood, which I can seriously recommend to everyone. They are available in most supermarkets in the Tokai district.

My mom sometimes made me some sweets like cookies or donuts. Speaking of which, I still cannot forget those special donuts served by a madam who caught us ding-dong ditching.
It was back when we were the third graders at elementary school. She invited the little devils into her place and instead of scolding us, she made delicious donuts for us right in front of our eyes. Freshly baked, the crispy donuts, drizzled with snow white sugar, looked and tasted awesome. After eating them, we did our homework in the kitchen. Fantasma.

Wind the clocks forward. I sometimes opt for imported snack products with attractive packaging but it turns out that they are nothing compared to those made in Japan. That’s why I’m glad I was born in and live in this country. Nowhere else but here can I enjoy such adorable and delectable sweets as Kinoko No Yama or Takenoko No Sato, which are tiny mushroom or bamboo shoot shaped biscuits with chocolate. Not to mention Japanese traditional fresh or dried confectionery served at a tea ceremony.

Sweets are not just for kids. They are necessary for adults who know life is no sweet thing, nor is it full of bitterness. It’s super fun to have a snack while reminiscing about old memories about it or fantasizing about what I’ve not encountered yet. I’m also curious what your favorite snack is. Viva la DOLCE vita!

pic 2

 

kei_41

こんにちは、PC部です!

今日は金蘭千里の図書室についてご紹介します。
図書室は昼休みと放課後に利用することができます。
図書室では、本を借りるだけでなく、自習やビデオなどの鑑賞もできます!
たくさんの本がある図書室のようすについて、
それではいってみよー!

続きを読む

西池成資さん(31期、株式会社DUMSCO)

私が高3だった18年前は、理系で成績が良ければ医学部に、文系で優秀なら法学部が人気でした。いまはどうでしょうか?

素直ではない私は、漠然と科学技術に興味があり、工学部に進みました。そして、大学院でエネルギーの研究をした結果、日本はエネルギーがない裕福な数少ない国家であることを知りました。日本人はどの国よりも多くの労働をし、価値を出してきたのです。つまり、我々が豊かな生活をできている理由は、海外へ価値を多く提供してきた先輩たちのおかげなのです。

今後、さらに価値の高いモノやサービスを海外に提供しなければならない過渡期にあります。うまくいくかどうかは皆さんの世代にもかかっています。
絶対に潰れないと思われていた大企業の経営が危なくなる理由もここにあります。

将来どんな仕事をしたいか不安を感じたことはありますでしょうか?高校生の頃は、真剣に将来のことを考えたこともありません。くだらないことをして、よく先生に怒られて、反省文も書かされました。(反省文はまだあるのでしょうか?)

そんな私が社会人になってから、金蘭時代に経験して最も良かったことを3つ上げさせていただきます。

その1)良い方向に導いてくれる人との出会い
いろんな勉強して知識を深め、色んな人と会うことが重要です。特に、何かを極めた人は哲学を必ず持っており、そんな人の哲学は自分の信念づくりに大きな影響を与えます。たった1人との出会いで自分の人生が一変することがあります。

その2)歴史と統計の勉強
歴史と統計は、社会に出てからよく使います。常識が通用しない時代に未来がどうなるか知るには、歴史をよく勉強するのが最も良さそうです。何億人もの人が歴史を作ってきたと考えれば、歴史の勉強が楽しくなるかもしれません。
また、経験(ミクロ)よりも、歴史や統計(マクロ)を重視してものを考えるべきです。そうすれば、あなたが何かにチャレンジして失敗しても、成功するまで諦めずに失敗を何度でもできる活力が湧いてきます。

その3)金蘭の友達
友達はとても重要です。私はいまでも金蘭の同級生・先輩にたくさん助けていただいてます。気の合う友人を多く持っておけば、必ず将来の財産になります。

それでは、皆さん、貴重な学生生活楽しんでください。