金蘭千里50式

2015.04.11

金蘭千里学園50周年特設サイト

「金蘭50式」は、50周年を迎える金蘭千里中学校・高等学校の「今」をお伝えする特設サイトです。一年にわたり、様々な視点からのコンテンツを50個ずつ発信して、金蘭千里の姿を描き出します。

最新の記事

『解析概論』  高木貞治

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大変有名な本(勿論、本校図書室にもある)

この本に限らず、中学高校の数学に対して、物足りなさを感じている人は、大学レベルの本をぜひ読んでみてほしい

(ただし、あまりのめりこまず、他教科の勉強もしてください)

【Amazon】  『解析概論』

これまで極めてきたこと、この題を頂いた時本当に困ってしまった。何もないことに気づいた。いろいろなことに興味の赴くまま挑戦してきたが、プロとまでは言わなくとも、人並み以上に出来ることが何一つない。しかしながら、よく考えると、常に何かしら音楽と関係のある事に関わっていることに気づく。授業では地理を担当しているが、常に興味は世界各国の食べ物以外には、民族音楽に目が向いている。趣味としては、これまで西洋のクラッシック音楽を習ってきたが、5年ほど前から笙を習い始めた。なかなか練習する時間がなくて上達はしないのだが、それに伴って雅楽を勉強し始めると、西洋音楽との違いだけでなく、結婚式や正月にしか聴かない音楽が実は知らないうちに生活の中に溶け込んでいる事がわかる。

例えば、「音頭をとる」、「やたら」、「二の舞を踏む」、「千秋楽」。普段何気なく使っている言い回しがあるが、これらの言葉は全て雅楽の言葉からきている。千秋楽は相撲や歌舞伎が語源ではなく、もっと古いものである。能から来た説と2説あるが、少なくとも千秋楽という言葉は雅楽のほうが古い。実は、これは源頼能(よりよし)によって平安時代に作曲された雅楽の中で一番の「新曲」なのである。つまり、千年以上新たに作曲したものはいないということだ。そして、東アジア東南アジアから伝わった曲がほとんどの雅楽の中で数少ないが国産の曲もある事がわかる。
さらに、勉強していくとこれまで苦手だと思っていた古典の世界がより身近なものになってきた。光源氏と頭中将が舞った青海波がどのようなものであったか、もっと具体的なものとしてイメージができる。さらに、清少納言が現代のブログに当たる随筆で篳篥の音が以下にうるさくて汚いかを語っているが、実は「下手くそ」な演奏を聴かされていたことが分かるだけでなく、平成の初めまでどこの家からも聞こえてきたピアノの演奏に上手な人と下手な人がいたように、誰もが練習をしていて当然、柏木の笛のように上手な人と、清少納言が聞かされた篳篥のように下手な人がいて、練習している音が家々から聞こえてきたということも分かる。今よりもっと敷居の低い音楽だったのだ。

ただ一つの事を極める、これは素晴らしいことだ。それは疑いの余地がない。だが、広い視野を保つ為、いろいろなことの理解を深めることも大切なのかもしれないと思う。もちろん、あれもこれもと手を出して何も身に付かないのは問題だが、何か自分の興味を軸にして、そこから広げていくことによって、これまで知っていたはずのことにもより理解が深まっていく、新たな発見をする喜びを知るこういう楽しさを知ることも大切な気がする。これから、どこまで続けられるかわからないが、もう少しこの雅楽の奥深さを追求していきたいと思っている。

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こんにちは!PC部です。
今回は、男子体育授業のメイン種目であり校技でもあるサッカーについて、
また使用されているグラウンドなどのようすを紹介したいと思います。

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こんにちは、金蘭千里中学校・高等学校です。

毎週金曜日は、「金蘭50年」と題して、金蘭千里のこれまでの歩みをご紹介しています。

1980(昭和55)年度は、創立16年めです。

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竹内鐡二先生が学校長を勇退され(画像左.第2代校長:1968年4月~1980年3月)、
上村義一先生が学校長に就任されました(画像右.第3代校長:1980年4月~1983年6月)。

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1980年6月より、大学本館と講堂の建設が始まりました。
建設地が敷地北側の丘陵地にあるため、他の校舎と同一平面になるよう、
南グラウンドに土砂が運搬され、それまで南北で2段に分かれていたグラウンドは、一面に整備されました。
(画像では、整地を開始している様子がうかがえます)

鉄道研究部初めての活動は京都への鉄道旅行でした。京都の嵐山にある嵯峨野トロッコに乗りました。あいにくの雨でしたが、トロッコからみた絶景は最高でした。

「ジオラマ京都JAPAN」では、実際に運転手として走らせているようで、迫力がありました。今回の鉄道旅行で、改めて全員が団結したように思えました。今後は、高中祭で旅行のレポートを展示するので、楽しみにしていてください。

我々は鉄道研究部の一期生で、何を目的にするか、なかなか決めることが難しいので、先生のご意見を参考に、みんなで力を合わせて立派な鉄道研究部を作るのが今の目標です。その目標に向かって、次の二期生や三期生につないでいきたいと思います。

(鉄道研究部  K.M)

『すてきなあなたに』  大橋鎭子

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『暮らしの手帖』という雑誌を見たことがありますか?
私が初めて見たのは中学生の頃でした。だけどその時は、大人の雑誌だなあと言う感じで、あまり興味が、わかなかったのです。
高校生になり、なぜなのか、また気になり始めました。
めくっていくと、その中に「すてきなあなたに」 というエッセイのコーナーが目に留まりました。
そこには、日常生活のなにげない素敵な体験や感じた事が短く書かれてあります。
文字どうりすてきな体験だけなのです。
そのエッセイを読んだ後、「この人はそう感じたのかー。私はそこまで気がつかなかったなー」と
ちょっと悔しい気持ちになったりしたものでした。
何気ない出来事をどう受け止めるかが、人としての器の違いのような気がしました。
文章はお上品でおっとりしていて、なんか違う世界のようで、ただただそのエッセーが読みたい為にだけ購入したりしました。
大人に少し近づけたような、背伸びしたようなそんな感じです。
やっぱり、そのコーナーは人気があったのでしょう。まとめられて「すてきなあなたに」という本になりました。
あれから何十年もたつのに、いつ読み返しても心がほわーっとする、不思議な本なのです。

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数学科教諭・鉄道研究部顧問 御代田 欣之

私は小さい頃から電車に乗るのが大好きで、座席にも座らずに、ずっと外の景色を眺めていた。44歳になった今でも、時間を見つけては電車に乗って、見知らぬ街に出かける。

自分の可能性を知りたくて、5年前の夏、電車とバスで北海道を一周する旅を計画し、実行した。一日8時間以上の乗車に、途中何度もやめようと思った。それでも、北海道の絶景や、旅の途中で知り合った人々の温かさのおかげで、何とか最終目的地の稚内に到着した。しかし、達成感よりも「ようやく終わった」の安堵の気持ちが強かった。

「もう電車の旅は懲り懲りだ」

しかし、また次の年の夏、電車の旅に出かけていた。懲りていなかった。今年もまた旅に出る予定を立てている。本当に電車が好きなのだと我ながら感心する。

よく人生は旅に例えられる。これからもいろんな景色を観て、いろんな人たちに出会うことだろう。まだまだ知らないことばかり。人生探求の旅は続く。

(写真は2009.8.3 稚内駅にて)