雫井脩介 『クローズド・ノート』
2007年に行定勲監督で映画化され、記者会見での沢尻エリカでの「別に」発言で映画やその原作にまでケチのついてしまった印象のあるこの小説ですが、読んでみると心理描写の精緻さに圧倒されます。
雫井脩介の心理描写の最大の特徴は、読者をその人物と一体化させるような納得感の高さです。人は小説を読むとき自分の人生以外の人生を追体験した気になることがありますし、人によってはそれを望んで小説を読む場合もあります。彼の心理描写は「微に入り細にわたって」行われるわけではないのですが、人間心理についての脱帽を禁じ得ないような観察からくる描写により、読者は登場人物に一体化させられ、登場人物の心理が盛り上がっていくにつれて、読者の心理も盛り上がっていきます。
私は、国語教員でありながら、古今東西小説を読んで登場人物の心理に一体化することはほとんどないのですが(感性がおかしいのかもしれません)、雫井脩介の小説だけは別なので、最近は(池井戸潤と並んで)片っ端から読みこんでいます。
また、この作品は「オチ」の設定が非常に鮮やかで(それは彼の最新刊「仮面同窓会」などにも言えるのですが)、「オチ」に至る伏線も(何度読み返しても)完璧で矛盾と無駄がなく、計算され尽くした設計図に従って書かれた小説だとの印象を強くします。
この小説は、緻密な計算(理性)と、納得感が高く人を引き込む圧倒的な心理描写(感性)の面において現在日本の小説家の中で最高の腕前を持つ(と私が考える)雫井脩介の代表的小説です。
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