金蘭千里50式

2018.01.01

金蘭千里学園50周年特設サイト

金蘭千里中学校・高等学校が2015年の50周年を記念して制作した、リレーブログ形式のコラム集です。一年にわたり、様々な視点からのコンテンツを50個ずつ発信して、金蘭千里の50周年時の姿を描き出しました。

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上橋菜穂子  『鹿の王』 (筒井智子)

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ファンタジー小説というものを何となく避けていた私にとって、上橋菜穂子の『鹿の王』は衝撃的な作品だった。『鹿の王』は本当にファンタジー小説なのか?

強大な帝国にのまれていく故郷を守るため、死を求め戦う戦士団〈独角〉。
その頭であったヴァンは、奴隷に落とされ、岩塩鉱に囚われていた。ある夜、
ひと群れの不思議な獣たちが岩塩鉱を襲い、謎の病が発生する。
奴隷から見張り番まですべて死に絶える中で、辛くも生き延びたヴァンは
岩塩鉱を脱出、逃亡する。

一方、移住民だけが罹ると噂される病が広がる王幡領では、若き優秀な医術師ホッサルがその治療法を懸命に探していた。

逃げるヴァンと追うホッサル――この二人を中心に物語は展開していくのだが、そこで描かれる壮大かつ緻密な世界観に圧倒される。魅力的な登場人物の数々、徐々に明らかになる病気の謎、二転三転する黒幕…と、ページを繰る手を止まらせないストーリ-展開。何よりも驚いたのは、異世界を舞台としながらも、描かれているのは民族問題、政治、宗教、家族の絆、人と病、生命といった現代的なテーマなのである。

まるで「今、ここにある現実を見よ」という作者の声が聞こえてくるようだ。
(作品に出てくる〈黒狼熱(ミッツアル)〉と言う感染病は、偶然にもエボラ熱と重なる)
そういう意味ではこの作品はファンタジーでありながら、ファンタジーを否定しているとも言える。

「どうして病にかかる者とかからない者がいるのか?」
「どうして病にかかって生き延びる者と死ぬ者がいるのか?」
作品の中で繰り返される問い。かつて病で妻と子を亡くしたヴァンも、病と闘い続ける医者であるホッサルも、この問いを痛いほど考える。もちろん答えなどない。
現実世界と同じように、物語の世界も無常だ。そんな厳しい世界の中でも、暖かく
他者を支えながら生きようとする人々がいる。旅立つヴァンの後を追って「家族のように寄り添って」深い森の奥に消えていく人々の背を、夕日が照らすラストシーンは胸が熱くなる。
そうか!上橋菜穂子のファンタジーは希望の物語でもあったのだ。