金蘭千里50式

2015.04.11

金蘭千里学園50周年特設サイト

「金蘭50式」は、50周年を迎える金蘭千里中学校・高等学校の「今」をお伝えする特設サイトです。一年にわたり、様々な視点からのコンテンツを50個ずつ発信して、金蘭千里の姿を描き出します。

最新の記事

フランク・ハーバート『デューン砂の惑星』  (山本匡)

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人生の後半に入って思うのは、印象に残る出来事というものはそのほとんどが人生の前半にあったということ。読書においてもそれは同じ、自らの読書経験をふりかえったとき、中高の時代に読みあさった書物たちばかりが強い印象を持ったものとして頭に浮かんできます。

シャーロック・ホームズ全巻読破に始まった私の読書熱は、ヴァン・ダインやエラリー・クイーンなどの推理小説を経て、星新一をきっかけに、いつしかSFへと移っていきました。

SFというと一般にはScience Fictionの略語と思われています。確かに科学的な知識をもとに想像力をふくらませて物語を構成している作品がほとんどです。しかし私が心ひかれたものはそういった特徴を持ちつつ、ただ単に荒唐無稽な世界を描いたものではなく、時間とは、文明とは、社会とは、人間とは、宇宙とは、といったテーマを明瞭に描いたものでした。その多くがリアリズムにのっとった現実を描く、いわゆる「文学」と呼ばれるものとは異質なものであり、結局こういったものに影響されたことが単純なリアリズムの小説を苦手とするその後の私の読書傾向を形作ってしまいました。しかし同時にリアリズムでは語れない思考のあり方を手にすることができたとも思っています。SFをSpeculative Fiction(思弁的小説)の略語とする定義がありますが、私を刺激したものはまさにこの意味でのSFでした。

前置きが長くなってしまいました。そんな時代の私が最も感銘を受けた作品が『デューン砂の惑星』です。後にデヴィット・リンチの手によって映画にもなったこの作品は、アラキスという一面砂漠の惑星を舞台とした物語で、そこに描かれているものは表面的にはある王家を中心とした政治的なドラマです。しかしそこにその惑星の社会・文化・風習・宗教、そして先住民族との関係などが絡み、さらに一面砂漠という環境に住む、後に『風の谷のナウシカ』にも影響を与えた〈サンドウォーム〉をはじめとする生き物の生態の描写が作品世界に厚みを与えて、壮大な物語世界が創られていきます。私はこの作品で初めて生態学(エコロジー)という言葉を知りました。ちなみに1965年の作品です。

石森(石ノ森ではない)章太郎の描く表紙にひかれて買っただけのこの作品がこれほど心に残るものになろうとは思いもしませんでした。『砂漠の救世主』『砂丘の子供たち』とシリーズ化され、今なお作者の息子の手によって書き継がれていますが、シリーズ化された多くの作品がそうであるように、第一作にそのすべてがつまっています。

若い時代の読書の大切さを伝えるためにも、この一文を記しました。参考になれば幸いです。

【Amazon】  『デューン砂の惑星』(1)

地歴科教諭・鉄道研究部顧問 中村啓一

究める? なんと自分には縁遠いテーマか……。履歴書風にいえば、「昭和○○年、××大学に入学。昭和△△年より金蘭千里高等・中学校に勤務、現在に至る。」で済んでしまい、とりあえず目の前のことをこなすことで精いっぱいな日々でした。

そこに、本年、大きな変化が訪れました。新クラブとして鉄道研究部が発足し、顧問に名を連ねたことです。電車のおもちゃに埋もれている、2歳頃の写真がありました。街中を電車の音を真似ながら歩き、目立つ建物を駅になぞらえて架空の時刻表を作るような少年で、いつしか、時刻表を駆使して旅行の計画を立てることが喜びとなっていました。

近年は、新幹線網が広がったことで、在来線のダイヤが寂しくなった気がします。宿泊費を浮かすのに便利だった夜行列車も、ほとんど姿を消してしまいました。リニア新幹線が開通するのは楽しみな一方で、「旅をするという感覚が得られるのか?」という気もして、複雑な気分です。

さて、クラブが発足するに際してマニアックな歓迎クイズを用意したり、7月に嵯峨野観光鉄道(トロッコ列車)や京福電気鉄道嵐山本線に乗ることを提案したり、おとな気なく?楽しんでいます。定年後に、故宮脇俊三氏のように全国を旅できることを俟ちつつ、鉄道が社会に果たす役割などを考察できるようなクラブに発展させていきたいと考えています。

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図版は貴重な1冊「JNR(Japan National Railway)編集」時刻表の長い歴史のなかでも、この号だけの名称です。

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こんにちは!PC部です。
今回の千里50景は、9月13日に行われた中学入試説明会についてPC部目線での紹介をします!

そもそも中学入試説明会とは、
小学生や保護者の方を対象として金蘭千里のようすを知ってもらうための催しのことです。

この中学入試説明会は、
9月13日(土)・10月18日(土)・11月29日(土)の全3回を予定しています!

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岩谷 良平さん

(大阪府議会議員 (大阪市東成区選出・大阪維新の会,32期)

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母校、金蘭千里中学・高等学校が来年で創立50周年を迎えるに当たり、一文寄稿させて頂きます。

私が在学中に30周年を迎え、まだまだ若い学校だと言われていた金蘭千里も気付けば50周年。改めて時の流れの早さを感じています。

私は現在34歳ですから、金蘭千里で過ごした6年間は私の人生の約6分の1を占めているわけです。母校で過ごした日々は私の人生に強い影響を与えており、大阪府の教育行政を考えるに当たっても、母校での自分の経験と照らし合わせながら議論することが多々あります。

正直に告白しますと、金蘭千里の頃の私は落ちこぼれでした。成績はいつも下らか一桁代。今でも20分テストで設問の意味すら理解できないという夢を見ることがあるくらいです。

在学中は厳しい規律が嫌になることもありましたが、素晴らしい先生方にも恵まれましたし、切磋琢磨できる一生の友人達を得ることができたことは母校と進学させてくれた両親に感謝しています。

さて、金蘭千里を卒業してからは、大学院まで進み司法試験に挑戦するも挫折。会社員や行政書士事務所経営を経て、30歳の時に大阪の統治機構を根本から変えて大阪を再生すべく立候補し、府議会議員となりました。

府議会議員の仕事は多様です。

地元の自治会の盆踊り等の行事にこまめに顔を出したり、駅前にたって一人で街頭演説を行うような地道な(地味な)活動から、議会や委員会に出席し、知事や役所への鋭い質問を通して行政の課題をあぶり出したり、ニュースにあるような画期的な政策提言を行うことまで様々です。昨年には松井知事、橋下市長に随行し、総理官邸での安倍総理との会談に同席する機会も得ました。

政策立案の面では、失敗に終わった司法試験の勉強が役に立ちました。全国初の改革となった大阪府の公務員制度改革条例や教育改革条例の起草にも参加しました。最近では全国初となる大阪市の客引き規制条例が制定されましたが、これも私の呼びかけから始まって実現されたものです。

忙しくも刺激的で、なにより社会に直接的に貢献できるやりがいに満ちた毎日です。

今は私がこの道に進んだ目的である大阪の統治機構改革、大阪府と大阪市の再編を行ういわゆる「大阪都構想」が最終局面を迎えつつあり、困難な状況と戦っています。

この大改革の結果によりこのまま政治の世界に身を置くのか、あるいはビジネスの世界、またその他の世界に飛び出していくのかわかりませんが、それは手段に過ぎません。私の人生の目的は社会に貢献することであり、政治はその手段の一つだと考えています。

政治に限らず、ビジネスの世界、あるいは学術研究の世界などあらゆる世界でいま必要なことは、社会に変化をもたらそうとする強い思いを持ち、リスクを恐れずに挑戦することのできるクリエイティブな発想だと思います。求められいるのはイノベーションを起こせるクリエイティブな人材であり、イノベーションを起こせる人材の条件は熱い志とリスクを恐れない覚悟を持っていることです。

私がそうであったように中学・高校で過ごす6年間は人生に大きな影響を与えます。母校から輩出されたクリエイティブな皆さんとあらゆる業界でイノベーションを共に起こせる日々を楽しみにしています。

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こんにちは、金蘭千里中学校・高等学校です。

毎週金曜日は、「金蘭50年」と題して、金蘭千里のこれまでの歩みをご紹介しています。

1985(昭和60)年度は、創立21年めです。

1985年秋頃、万博公園のポスターが作成され、本校生徒がモデルに起用されました。

昇降口左、職員室西入口横に掲示されていました。
当時は、合格者名が表示されていました。寺井先生の字によるものです。

金蘭千里におけるクラブ活動は、とても重要なものです。なぜなら、縦の関係、つまり他学年との交流が持てるからです。
特に目上の人とのコミュニケーションの取り方は、社会に出てからさらに重要になってきます。
先輩とクラブ活動を通して関わりをもつことで、コミュニケーションの取り方だけでなく、様々なことを教えて頂けます。

私たち百人一首部が練習している「競技かるた」はスポーツの一種です。
この競技は他のスポーツとは違うところがあります。それは試合をしている一組ごとに審判がつかないことです。
多くの競技では一競技に一人以上の審判がつきますが、「競技かるた」ではどちらが先に札に触れたのかを、セルフジャッジで決めます。この時に、自分の取りだと主張したい気持ちはありますが、セルフジャッジであるので紳士的な対応が必要となります。
なので競技かるたでは「相手のことを常に思いやってプレーする」ことが対峙になります。このことから、思い遣りを持つということを私は自然に身につけてきました。

このようにクラブ活動に参加することで、私は「先輩」方からたくさんのことを学ぶことができましたし、クラブ活動中以外でも校舎内で顔を見かけたとき、話を聞いて頂くことがあります。
これからは後輩たちを指導していく立場に立つので、尊敬されるような先輩になり、思い遣りをより一層持てるように、これからも成長していきたいです。

(百人一首部  H.Y)

Jonathan Borofsky’s   “Dreams”  (柴山哲也) image 1 Do you remember the dreams you had last night? Unless you suffer from chronic insomnia, everyone has a dream when asleep, be it auspicious or ominous. I’m kind of a dream-lover, so l somewhat feel ripped off when I awake from a sound sleep to find I’ve had no dreams. Most slip out of my memory with the ruthless alarm, but there’s sometimes that weird, “what if it might be apocalypse”, dream at the back of my head that lingers after I wake up. Anyway, since l met this book, I’ve written down my dreams, sporadic entries though, which helps surmise who l am, why I do what I do. image 2 Now let me talk about my favorite book, Jonathan Borofsky’s “Dreams” (Isshi Press, Tokyo, 1987). He is an American painter and sculptor best known for his drawings or installations with numbers called counting, and public sculptures such as Hammering Man. This book with Japanese translation contains his ninety-four dreams with drawings, from a very short one such as “I dreamed I could fly 2009711” to more conceptual ones. In an interview, he refers to what motivated him to start to write down his dreams; “They were fascinating to me and very personal. Many of them give me clues to my own life. I began to see them as my personal contribution to the art world at that time. We had Pop Art, which seemed a little too tongue-in-cheek for me, and Minimal Art, which I could relate my counting to, but I was looking for something more personal, more honest and open and direct.” Not only does he write down his dreams, Borofsky uses them as a subject matter for his works as well, among which is a ruby. The one “I dreamed I found a red ruby 2457977” is also contained in this book. He says that he remembers it feeling and being like his heart – a beautiful stone the size of his heart – and that symbol was so positive, so spiritually tuned and so beautiful, which helped to balance out a lot of the fearful dreams that he was having – being chased through a city street or whatever. This book also brings back memories of my awkward age, fifteen or something, because I bought it at On Sundays, bookstore in Watari Museum of Contemporary Art aka Watarium, Tokyo, in 1987, when we made a tour of the enticing city. In those days that seemed to flippant boys to be an exhilarating place full of cutting-edge fashion.

【Amazon】  “Dreams” ・ 『夢を見た』

保健体育科教諭・男子サッカー部顧問  渋谷 公次

人は出会いを経て成長していくものであると思っています。人との出会い、本との出会いなど、人それぞれでしょう。私が今までに大きく影響を受けたものはスポーツとの出会いです。

初めてスポーツと出会ったのは小学5年生の時。小学校のクラブ活動に加入するのがきっかけでサッカーを始めることになりました。そのサッカーというスポーツとの出会いの中で、厳しい練習を重ねて試合を行い、また活動を通してチームメイトとの人間関係を構築していきました。その中で他人を思いやる、相手を尊重する気持ち(対戦相手に対して敵チームという言葉を使わない)、自らを取り巻く環境を作ってくれる人たちへの感謝の気持ちなどを身につけることができ、人として大きく成長させてくれたと確信しています。

人は年齢を重ねていくと、ある時をピークにして身体は衰えていきます。しかし様々な出会いが刺激となり、その刺激は疲労を上回り人を更に成長させます。この先、私はスポーツ以外にも刺激を求め、更に人としての成長していくことを追求していきたいと思います。

服部結花さん (インクルージョン・ジャパン株式会社 代表取締役、31期)

2014-06-27 20.54.55(左が服部さん)

創立50周年おめでとうございます。
自身の会社を起業して3年が経ちますが、この年月を考えると50年がいかに有り難く素晴らしいことなのかが身にしみて感じられます。

私は現在、インクルージョン・ジャパン株式会社の代表取締役として、ベンチャー企業が益々活躍出来るような支援を行っています。

具体的には、これから新しく起業をしようとしている人に対して、どのような事業戦略を立てていくのか、どうやってお客様にサービスを届けるのか等の相談にのったり、新しくサービスを生み出すにあたって必要な資金を出資したり、時には孤独な経営者の相談相手になったり、という事をやっています。また、大手企業とベンチャー企業のコラボレーションイベント「ダイアログナイト」を開催し、起業のきっかけや、新たなビジネスが生まれるきっかけ作りをしています。

今どんなに大きくなっている企業も、最初は小さな会社からスタートしています。
だからこそ、最初の小さな一歩を踏み出す事、そして踏み出した後に一歩一歩前進する事が大事なのだと思っています。
であれば、これから世界に羽ばたくサービスを1つでも多く生み出すために、最初の一歩を踏み出すお手伝いをしよう。そう考えて、私自身も起業をし、今の仕事に従事しています。

起業して3年が経とうとしていますが、ありがたいことに少しずつ応援してくださる方々も増えてきました。経済産業省からも共感をいただき、彼らのベンチャー支援事業にも関わっています。支援しているベンチャー企業も、TV取材や新聞掲載されるようになっており、着実に成長しています。

思い返すと、このコツコツと一歩ずつ進むことの大切さを学んだ時期は、金蘭千里で過ごした6年間だったと感じています。
当時は非常に辛かった「20分テスト」でしたが、結果的に毎朝着実に復習が出来る環境でした。きちんと知識が積み上がってくるので、大学受験も力まずに普段通りの勉強で乗り越えられました。
一歩ずつ進めば、結果に繋がる。今の強い信念を培えた事は、私にとって大きな財産です。

また、金蘭千里で得られたのは、素晴らしい仲間です。
1998年に卒業して17年、ここ最近になって金蘭千里の同級生と一緒に仕事をする機会が増えてきました。17年ぶりでも、まるで先週まで会っていたかのような自然な会話が出来る事に驚き、そんな仲間に出会えた事に感謝しています。しかも、同級生が色んな方面(官僚、起業家、投資家、webマーケター、メーカーの経営企画、医者、弁護士等)で活躍しているので、集まって話をするたびに刺激があって、仕事にも繋がっています。

前向きで、努力家で、人に優しくて、ユーモアがある人達が集まる場所。
ふとした時に助け合える仲間がいる場所。
それが私にとっての金蘭千里です。
これからもこの縁は続きますし、このご縁が毎年他の世代の方とも繋がっていくといいなと思います。

母校の益々の発展と、後輩の皆さんのご活躍をお祈りいたします。

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