国語科教諭、文芸部・演劇部顧問 山本匡
過去を振り返り、自分が何を究めたかということを考えていったとき、すべてが中途半端であったと痛感せざるを得ません。
中学高校と本を読むことに熱中し、その流れで大学も文学部に行きました。そしてそこで出会った仲間たちと創作同人誌を作り、いくつか書いたりもしましたが、それっきり。読むことだけが続いているのが救いでしょうか。大学時代には、授業の合間をぬって(授業そっちのけで?)当時まだたくさん残っていた名画座に通いつめたりもしました。2本立てをハシゴしたりしながら、年間150本以上、国籍・時代・ジャンルを問わず上映されている作品を見まくっていましたが、卒業して勤めるようになってからはさすがに「授業そっちのけ」というわけにもいかず、時間がとれなくなってフェイドアウト。行く機会が減ってくると、映画への思いも薄れていき、応募しようと書き始めていた脚本もどこかへ行ってしまいました。
一番時間がとれたはずの学生時代にある程度「究め」ておかないと私の場合ダメだったんだろうなと今になって思ったりしますが、それも後の祭り。その後も何かを見つけては、しばらくするとやめてしまって他に何かいいものはないかを探し求める、その繰り返し。
去年の4月、新しく入ってきた中一生に向かって「君たちの目標は金蘭千里に入ることでも、いい大学に進学することでも、いい会社に就職することでもない。自分の人生が終わるときに〈ああいい人生だっなあ〉とつぶやけることだ。」などと偉そうなことを言いました。しかし、よく考えてみれば自分の人生、どうなのでしょうか。……反面教師。
「人生未だ究まらず」どころか「人生まるで究まらず」。せめて少しでも〈いい人生〉に近づけるよう、今からでも「これ」と呼べるものを見つけていきたいと思っています。