小川洋子『博士の愛した数式』
この本を初めて読んだとき、とにかく感動した。そして涙が流れた。
物語に登場する「博士」は元大学教授で、交通事故のため80分で記憶が消えてしまう。いつも着ている背広のあちこちにメモ用紙を貼り付けている。メモの一つは《僕の記憶は80分しかもたない》だ。「博士」と、「博士」のところへ派遣された家政婦の「私」と、その息子で10歳の「ルート」。互いを思いやる3人の気持ちが、静かに細やかに描かれている。
数学者である「博士」が純粋に愛する、虚数、素数、完全数、友愛数、オイラーの公式などが、数学のよく分からない私にも、とても美しく感じられてくる。永遠に変わらない揺るぎないものについて思いを巡らしたり、一方で、その揺るぎない存在とは対照的な頼りなくてはかないものについて考えさせられたりもする。
映画化された作品であるが、胸に迫る切なさや温もりを、ぜひ文字だけの世界で味わってみてほしい。
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