金蘭千里50式

金蘭千里学園50周年特設サイト

金蘭千里中学校・高等学校が2015年の50周年を記念して制作した、リレーブログ形式のコラム集です。一年にわたり、様々な視点からのコンテンツを50個ずつ発信して、金蘭千里の50周年時の姿を描き出しました。

良書50冊

アルベール・カミュ「異邦人」「ペスト」  (北代晋一) ihoujinpeste カミュの「異邦人」は、地方都市の私立中学に入った一年坊主が初めて読んだ「大人の本」でした。マセた同級生が読んでいたちょっと色っぽい場面に惹かれて、早速自分も書店で購入、えへんと開いた劈頭の文章が「きょう、ママンが死んだ。もしかすると昨日かもしれないが、私にはわからない」――衝撃的な書き出しです。本の中身がどうのという以前に、才気豊かな作家の個性と研ぎ澄まされた文章が、世間知らずで無防備な心に突き刺さるようでした。 しかも、主人公ムルソーが妙にかっこいい。ニヒルでちょいワルの奇妙な青年像に、理屈ぬきで感情移入(こんな人間が周りにいると厄介ですが)。もとより彼の無感動・無関心の意味、不条理の哲学など、当時の私に理解できたはずもありませんが、一種の通過儀礼としてこの作家が私に及ぼした影響は測り知れません。ただし続いて読んだいくつかの作品の陰鬱な難解さに閉口し、もっと楽しい(?)読書を求めて、麻疹のような私のカミュ熱も次第に冷めていきました。 ところが、腐ってもノーベル賞作家、カミュの看板は伊達ではなかった。高3の夏に受験勉強から逃れるように貪り読んだ「ペスト」が、私に再度強烈なKOパンチを食らわせることになります。これは〈疫病の蔓延により孤立した街〉という巨大な「不条理」の中で、さまざまな「抵抗」を試みる人々の苦悩と行動を描く群像劇です。極限状況に追い込まれた人間の孤独と連帯、逡巡と決意を描いて間然するところがありません。恐ろしい焦燥と渾沌の底にも、生きる意志と人間愛の息吹が感じられる、掛け値なしに感動的な作品です。文学性・テーマ性・リーダビリティを完璧に具えた、まさに畢生の傑作だと思います。70年も前の小説ですが、作者の切実なメッセージは今もリアルタイムで胸に響いてきます。ペストはナチ恐慌のメタファーとも言われていますが、古典的疫病の寓意は、大震災や原発危機を目の当たりにしてきた、現代日本に生きる私たちにも充分通じるものがあります。 というわけで私の良書は、異なる時期に異なる意味で大きな影響を与えてくれた「異邦人」と「ペスト」です。前者は教員が勧めるには内容的に微妙であるものの、短めの中編でとっつきやすく(内容は難物です)、若々しいエネルギーと挑発性に溢れています。後者はかなりの大部で文体も濃密ですが、教育的になんら問題のない、堂々たる名著です。それぞれの良さがあるので、興味を惹かれた人は、とりあえずどちらか、是非どうぞ。 【Amazon】  『異邦人』    『ペスト』