金蘭千里50式

金蘭千里学園50周年特設サイト

「金蘭50式」は、50周年を迎える金蘭千里中学校・高等学校の「今」をお伝えする特設サイトです。一年にわたり、様々な視点からのコンテンツを50個ずつ発信して、金蘭千里の姿を描き出します。

活躍50色

馬場和比古さん(4期、馬場製紙所 手漉き和紙製造)

 

創立50周年おめでとうございます。

昭和40年金蘭千里中学校1期生として入学しました。
初代学校長の佐藤一男先生に「がんばりましょう」と温かいふくよかな手で握手をしていただいた事や先生の笑顔は今もよく記憶しています。
当時学校の周辺はまだ野山が多く緑に囲まれた静かな環境で、田舎育ちの私は精神面でとても助けられました。先生方や関係者の方々のご尽力により建学の精神が受け継がれ、さまざまな改革が行われて素晴らしい学校に発展していることをたいへん嬉しくまた誇らしく思っています。

私は兵庫県西宮市名塩で家業の手漉き和紙の製造を継いでいます。名塩の集落で紙漉きが始まったのは室町時代中期と言われ最盛期には120軒ほどの紙屋がありました。
名塩の紙は土入りという他産地ではみられない特殊な紙のため贋造が困難なことから、江戸時代には諸国の藩札の地紙として多く使われました。

私が漉いているのは金箔打ち原紙(箔打紙)と言われる紙で金箔を製造するのに用いられます。日本の金箔の99%は石川県金沢市で製造されています。金箔は金に微量の銀と銅を混ぜた合金をある程度まで薄くしたものを1800枚の和紙の間にはさみ、それを皮で包んだものをハンマーでたたき1万分の2~3ミリの薄さまで延ばします。
和紙で打たれた金箔は日光東照宮や中尊寺の金色堂等の文化財の修復に使われています。
一昨年、日光東照宮を訪れ随所に使われている金箔を見てきましたが、この文化財の維持に関われていることに喜びを感じるとともに責任感も強く感じました。

箔打紙の原料はジンチョウゲ科の雁皮(がんぴ)という植物の皮の部分と名塩周辺で採掘される白土(凝灰岩)です。
打ち延ばす際、内部が高温になりますが白土を混入しているため紙が焼けてしまわず雁皮のきめ細かい光沢のある繊維となめらかな白土の相乗効果により落ち着きのある澄んだ金箔が生まれます。

写真1

手漉き和紙は冬の気温の低い時期に紙質のしまった最高の紙ができます。そのため部屋は暖房をせず、そばに置いた小さな釜で湯を沸かし時おり手先をつけしびれを防ぎます。
非常に厳しい環境での孤独な作業ですが自分の思った通りの紙が仕上がった時の喜びはなにものにも代えがたいものです。

箔が打たれるときの圧力や熱に耐え、また最高の金箔の仕上がりを求められるため、紙の厚みや土の量、小さなゴミ、強度等 手漉き和紙としてはたいへん規格の厳しい紙です。
気温や湿度の影響を受けやすく白土の量や加えるのりの加減、紙の厚みを目と耳と手の感覚から読み取り調整していきます。周辺で採取される原料や山水を用い常に季節や日々の天候を肌で感じながら心と繋がった手仕事で紙を作ることに魅力を感じています。

写真2

日本の文化を支えてきた手漉き和紙は、日本の風土と洗練された技術によって育まれてきたものです。しかし伝統工芸が共通にかかえる問題として後継者不足や環境の変化 そして需要の減少等、和紙を取り巻く状況はたいへん厳しいですが、気概を持って仕事に向き合いこの技術を守り次の世代に繋いでいきたいと考えています。

金蘭千里での6年間は勉強しないで好きなことばかりしていましたが人間味のある先生方との出会いやサッカー部のみんなやクラスの友人との楽しかった日々、キャンプやしんどかった20分テスト等すべてが掛け替えのない思い出です。
今の自分のベースになっているものの多くは金蘭千里で培われたものと感謝しています。

これからも母校が人間形成の場としてますます進化し卒業生が世界中で活躍されますことを心から願っています。