金蘭千里50式

金蘭千里学園50周年特設サイト

「金蘭50式」は、50周年を迎える金蘭千里中学校・高等学校の「今」をお伝えする特設サイトです。一年にわたり、様々な視点からのコンテンツを50個ずつ発信して、金蘭千里の姿を描き出します。

活躍50色

林家染雀さん(19期、落語家)

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(編者注 : 「宿屋仇」の稽古をしておられる様子をご提供いただきました。
左端の ▷ を押していただくとお聞きいただけます。
大きな音が出る可能性もありますので、
あらかじめ音量にご注意いただきお楽しみください)

50周年、本当におめでとうございます。私たちが在学中に、20周年の記念式典があったことを記憶していますので、あれからもう30年も経ったのかと思うと感慨深いものがあります。

私は金蘭千里卒業後、大学に進学して、その後、落語家という道を選びました。
思えば、通学時によく本を読んでいたのがこの世界に入るきっかけでした。

もちろん、皆さんと同じく、朝は20分テストの勉強に必死でしたが、帰りは友達とも三々五々別れて一人になる時間があったので、その間を利用して色々な本を読みました。

ゲームやパソコンが普及していなかった当時ですので、読書が趣味の友人も多く、もうシェークスピアは読んだか、トーマスマンは面白かった、夏目漱石は…なんて言うものですから私も、訳も分からないまま、みんなと乱読競争をしていました。

夏目漱石やシェークスピアは難しかったのですが、落語はすごく面白くて、すぐに実演が見たくなり、新聞の応募欄にあった、落語会の招待券をゲットして、見に行くとこれがまた面白く、夢中で通ううちに、師匠となる、林家染丸(当時は染二と名乗っておりましたが)の舞台を見て衝撃を受け、噺家になることを決意したのです。

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大学にも行ってみたかったので、受験勉強は相変わらず続け、大学卒業と共に師匠のもとへ志願に行きました。少し入門は遅くなりましたが、大学で学ぶことを選択したのは、間違いではなかったと思っています。

以来20数年が経ちました。

落語家の仕事は、皆さんが思っているより、遥かに多くあります。
身に付けなければならないことも沢山ありますが、やはり、メインの仕事は落語を覚えて、舞台で演じることです。

我々が新しい落語を覚えるときは、ほとんどの場合、その噺を得意にしている師匠や先輩にお稽古をしてもらいます。一番きっちりしたやり方は、お互い着物を着て、向かい合って座り、一言一句、イントネーションまで、口移しで習います。教えてくださる方は、一つの噺を短く区切り、同じことを三回演じてくれます。それを全身を耳にして、必死に聞いて覚えるのです。ちゃんと演じられるようになったら、次の部分へと、何日も掛けて教えて下さいます。
家に帰ったら、覚えたことを思い出して台本にします。
全て滞りなく演じられようになったら、舞台にかけることが許されます。

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ここからは自分の稽古になります。
最初は教わったまま演じますが、そのうち少しずつ自分の味というか、工夫を加えていかなければなりません。味といっても大幅にセリフを変えるのではなく、間(ま)や言い回しを少しだけ、自分に合ったやり方に替えるのです。そのやり方が面白ければ、また次代の人が、私のやり方を取り入れてくれます。こうして演者というフィルターを通して、古典落語は少しずつ進化していくのです。

では、どうすればオリジナリティーが出るのか、それは机の前に座って考え込んでも、なかなか思いつきません。ただ、ひたすら稽古をします。我々は「ネタを繰る」と呼んでおりますが、何度も反復して同じことをやります。すると、不思議なことに自然と、自分らしい工夫が見えてくるのです。

さて、皆さんも、これと同じことだと思います。今、やらなければならない事を、淡々とこなしているうちに、次にやるべきことがおのずと見えてくるはずです。

淡々と反復する事は面白みも少なく、辛いものですが、これは次のステージに登る一番の近道だと思うのです。

次代を担う皆さんに、エールを送ります。どうぞ頑張ってください。

sendaihagi鹿芝居(はな「しか」芝居のこと)で先代萩の政岡を演じているところ