金蘭千里50式

金蘭千里学園50周年特設サイト

「金蘭50式」は、50周年を迎える金蘭千里中学校・高等学校の「今」をお伝えする特設サイトです。一年にわたり、様々な視点からのコンテンツを50個ずつ発信して、金蘭千里の姿を描き出します。

良書50冊

宮本輝『二十歳の火影』    (谷本祐子)

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この本は、1980年に出版された著者の第一エッセイ集である。幼い日のこと、青春時代、そして作家として歩み始めた頃のことが、叙情豊かに綴られている。中でも、著者の人間形成に大きな役割を果たした父の存在が印象に残る。

この本の出版から二年後、著者34歳の時から、父をモデルにした長編<流転の海>シリーズは書き始められる。それから三十年以上の時を経て、シリーズ第七部『満月の道』が先頃上梓された。 九部で完結する著者のライフワーク<流転の海>の原点が、このエッセイ集である。

ストーリーの巧みさ、瑞々しい感性、宮本作品の魅力は、一言では語れないが、何といっても最大の魅力は、「前向きに生きよう」という力をどの作品からも与えられることだと思う。それを裏付けるこんな文章がある。

「文学にとって、最も重要なテーマとは何でしょうか?」
そのとき、会場全体がいやにしんとしてしまったような気がして、私はいささかうろたえながら答えた。
「人間にとって、しあわせとは何か、ということではないでしょうか」

質問する側も、答える側も、いまさら何だという恥かしさがあったわけだが、そうした思いは、「文学のテーマは、人間にとってしあわせとは何か」ということであると言ってしまった私の方に、いっそう強くせりあがって来たのだった。作家として、沽券にかかわるような幼稚な答えをしてしまったのではないかと思えて、私はもう一度、文学のテーマについて考えをめぐらせてみた。だが、やはり私はそれ以外の答えは思い浮かばないのだった。私は照れ笑いしながら、
「でも、それは私の考えで、人によってそれぞれでしょうが・・・・・・」
とつけたした。せっかく雨の夜に集まって来て、青二才の話を聴いてくれている人たちを、ひょうし抜けさせてしまったようで、私は落ち着かなくなり、早く持ち時間が終ってくれないものかと時計ばかり見ていた。

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